ー日本人は良い革製品と悪い革製品の見分け方を知らないー
ー日本には本当の革文化はいまだ根付いていないー
僕にとって、この言葉は衝撃的でした。
今回訪れたのは、現在は東京の千駄ヶ谷にて店舗を構え、創業30年以上にもなる、オイルレザーを中心としたレザークラフトを展開をするブランドのFREE HAND(フリーハンド)さん。
代表の藤田さんは、雨の中サンプル室に僕達を迎え入れてくれました。
世界中の民族の中で、唯一日本人だけが
「革文化」を有していない。
日本には、そもそも革製品を使う文化がありません。
革という素材を理解する土壌が、未だにできていないのです。
そう聞いただけでは、ピンとこない方も多いと思います。
藤田さんいわく、FREEHANDにやってくる革製品にこだわりのあるお客さんでも、本革なのか合皮なのか、牛革なのかラム革なのかを、値段や匂いでなんとなく識別できるレベル。
大半のお客さんは、正しい革製品のメンテナンスもできなければ、革製品の作り方の違いすら知りません。
かくいう僕も、今までの取材で得た知識が僅かにあるばかりで偉そうなことは言えませんが……。
【店舗から歩いて10分ほどのサンプル室。カスタムオーダーもこちらで受けます】
それではなぜ、日本には革製品の文化がないのでしょう。
藤田さんの指摘する、革文化が未だ日本に根付いていないという現状には、
なにやら深い理由がありそうです。
「日本人は長い歴史の中で、肉食することをどこか忌み嫌い、獣の皮を身に着けることをタブー視してきた珍しい民族です」と藤田さん。
言われてみると、確かに思い当たるところはあります。
今でこそ魚の消費量は落ち込んでいますが、そもそも日本は圧倒的な魚食文化の国。
大河ドラマの小道具で革製品を見かけることはあまりないですし、例えば毛皮と聞いて思い浮かぶのは昔話の絵本に出てくる山賊など。
どこか野蛮なイメージと共に登場していたような……。
「そんな日本人が、草履(ぞうり)、下駄(げた)、風呂敷の文化から、クツ、カバン主体に移行して、まだわずか60年足らずです」
藤田さんはまだ社会人駆け出しのころ、仕事でフランスへ渡る機会を得たそうです。
そこでの各国さまざまな友人とのコミュニケーションの中で、日本人が持つ特有の感覚に気付かされました。
藤田さん:「そこで初めて欧州の革文化と出会いました。イギリスやフランスでは、若い人が高級ブランドの新しいモノを持ってでかけることはほとんどどなく、若い子も、おばあちゃんやお母さんの物をみな当たり前の様に使っていました。革は世代を超えて長く使える。それが、欧州では文化として根付いていると感じました」
何ごとにも興味津々の海外の友人たちは、藤田さんを質問攻めにしたそうです。
「何故ヴィトンでレザーBAGを買わないのか?」
「何故グッチのカーフ(仔牛)に眼を向けないのか?」
「日本人は何故アクリル製品が好きなのか?」
「日本には石油化学工業はないのか?」
当時の藤田さんは、この質問に答えることができなかったと言います。
とはいえ今はたくさんの情報をネットを通じて得ることができるので、昔に比べるとそのブランドの本質や、その製品の意味を理解している人も多いかもしれません。
しかしそれでもまだ、僕達の革製品に対する知識は足りない様です。
人類待望の革、オイルレザーの誕生
長い長い歴史を持つ革の文化。
民族を問わず、数千~数万年もの間、必需品であった革。
現在でも広く使われ、重用されるこの素材は、どのように進化を遂げ、その地位を確立していったのでしょうか。
人々が原始の時代から求め続けてきたのは、腐らず、加工に適した革です。
従来、動物から取った皮は、そのままではいずれは腐ってしまいます。
それを、皮下組織などを除き、専用の薬を使って処理する工程のことを
鞣す(なめす)と言います。
【革製のスニーカー。藤田さんは雨の日にこそ、これを履いて出かけます】
先人たちは実にさまざまな工夫をし、いつの頃からか、革を植物の渋(柿シブや茶シブなどのタンニン)に漬け込んで乾燥させる方法を会得しました。
ですが、このタンニン鞣し(シブ鞣しともいう)にも3つの欠点があったそうです。
① タンニンは水溶性のため、水を含みやすい
②温度変化に弱く変質しやすい
③カビ菌糸に侵されやすい
藤田さん:「革は本来、ドラゴンクエストで初めに登場する防具が『かわのたて』『かわのよろい』であるように、西洋では男性が闘いの中で防具として使うもの。闘いは、アウトドアで行うに決まっています。外で使用するものなので、雨の日に使いづらいバッグや、履くことをためらう靴は、道具としては半端モノと言っても過言ではありません」
日本人は戦争時に革靴に目を向け、軍靴として重宝したそう。
ところが第一次大戦下のシベリアなどでは、寒い中さらに足元が雨に濡れてはあっという間に凍傷になってしまいます。
丈夫な点が魅力の革靴ですが、もちろんその大前提として、当時は過酷な気候、気象条件に堪えることが求められていました。
「あれっ? でも革製品って雨に濡れたらだめなのでは?」
と思う方もいるかもしれません。
実は、雨にもめっぽう強い革も存在します。
話はさかのぼり17世紀。
いよいよこの時代に、タンニン鞣しの欠点を克服する加工技術が生まれました。
それは”油で鞣(なめ)す”というもの。
これが、オイルレザーです。
【革をこすると表面に油が浮きにじみ出る。これによって細かい傷も消せてしまう】
オイルレザーには3つの優れた特徴があります。
・使い込むほどに「味」が出る
・軽い傷なら、簡単に消える
・水に強く、乾拭きすることで劣化を防げる
藤田さん:「オイルレザーこそ、もっとも実用的で、私の要求を充たすものと考えています。元来、アウトドアでの過酷な使用を目的として開発されたオイルレザー製品ですので、タウンユースなら100年やそこら使えて当たり前です。そこには、使い込まれた本物の道具の存在感が『凛』として心に迫ってきます」
用途に合わせて加工され、多様に進化していった革。
では、素材として最初の段階、まだ動物の皮の状態での”良い品質”とは
一体、何を基準に判断されるのでしょうか。
今回は牛革を例にします。
言うまでもないことですが、革製品とは元々は動物の皮ふです。
子牛が育つにつれて、ケンカをしたり、痒くて何か木や柵に体をこすりつけたりすることで様々な傷ができてきます。
藤田さん:「健康な人は外で遊んで、ひざを擦りむいたり、傷ができますよね? 逆に家の中でじっとしていたら不健康になってしまう。牛だって同じです。でも、良い革をとりたくて、牛を育てる人は基本的にはいません。
酪農ではよい乳を絞るため、あるいは肉質を良くするために育て方を工夫します。日本の様に狭いところで過剰に守られ、高タンパクの物を食べさせられて育った牛の革は残念ながら最低ランク扱いです」
昔のカウボーイは、テキサスからニューヨークに至るまでの道のりで、牛に自然の物を食べさせていたそう。
筋肉質であり、良く動いていること。
そうして育ってきた牛だからこそ、良質の革がとれる。
とてもシンプルな話です。
端的に言えば、傷だらけの革こそが健康的な牛からとれた良い革だということです。
余談ですが、アメリカなど革文化の根付いた地域では、革製品に傷があったところで気にする人は少ないそうです。
日本ではそういう価値観は受け入れられにくいですよね。
僕たちがおいしいと感じる食材には、本来動物が自然界で食べるはずのないものを過剰に与えて育成した、ブランド牛肉やフォアグラなども多くあります。これは市場原理に則って、需要に真摯に答えようとした結果。
ただ、自然本来の形でそのままの生活を送ってきた素材こそが最高の品質であるという事実もまたあるのです。
エルメスの様なクラスのブランドになると、ヨーロッパ産の牛を牧場で自然な状態をキープしつつ管理しているとか。
良い革と良い肉の作られ方の違いはまさに相反する価値基準なんですね。
考えさせられます……。
良いレザークラフトを見極めるポイント
それでは、具体的に本当に良い革製品とは、どんなものでしょう?
①1番負担のかかる部分で変な縫いをしていない
(例えばトートバッグの底の部分など)
②余計な装飾が施されておらず、長く使っても負荷がかからないデザイン
③革の横の部分(コバ)が液剤ではなく、手磨きで処理されてある
④ミシンで縫うことができない箇所をしっかり手縫いしてある
ざっとこんな感じです。
皆さんもお買い物をする際は是非よーく目を凝らして見てみて下さい。
【手磨きによるコバ(革の端の部分)処理の様子。薬品を塗布するだけでは長く使うことができない】
この後公開の後編では、職人歴30年以上のフリーハンドさんの信念にせまります。
後編:https://secori-hyakkei.com//?p=2182