「伝統的なものに、新しいものを追加していかないとしょうがない。だから失敗しながらも常に新しいことに挑戦するんです。」
使い慣れた道具を職人らしい手さばきで整理しながら語るのは東京のKAMISMLab.(カミズムラボ)の木版職人、中西さん。
その道35年になる職人さんの口から語られる「新しいことに挑戦する」という言葉は、確かな質量を持って響きます。
人当たりが柔らかで気さくな中西さんですが、その胸にはものづくりに対して確信的な想いがあります。
変わったこと、他がやらないことをやった方が面白い。
KAMISMLab.は和紙を加工して壁紙を作る会社である、KAMISM株式会社が運営する、創作和紙専門の体験工房・ショップです。
紙 + ism [ ism = 主義、説、状態、特性 ]=KAMISMという造語で、モダンな創作和紙にアイディアをかけ合わせ、プロダクトの開発、ワークショップの開催など、「おもしろいこと」を提案するという思いが込められています。
「伝統技法と創造的なデザインの融合」がコンセプトになっているKAMISMですが、
元々は普通の壁紙屋だったそうです。
廉価な壁紙が市場に多く出回る中、素材そのものの良さを生かしたものづくりで他社との差別化を図り、和紙を加工して作る壁紙と照明を商品化。
16年前から、この創作和紙に主軸を移したそうです。
創作和紙の壁紙や照明の評価はとても高く、有名ブランドの展示会の壁紙や国内のミシュランの5つ星ホテルの壁紙に始まり、宿泊施設から飲食店まで、施工事例は多岐に渡ります。出て来る名前は超一流ばかり。実際に納入した物はその殆どが一点物で、企画の浅香さん(写真が無くて残念です!)と中西さんが知恵を出し、日々新しい表現を模索しています。
中西さんの子供の様な好奇心と、人と違う事をしたいという探求心。
「他がやらないことをやった方が絶対面白いでしょ!」
と声を弾ませる中西さんですが、それを実現できるのは確かな技術と経験という基盤があってこそ。
そうして考えてみると、本当に価値のあるモノづくりは、やはりちょっとした軌跡なのです。
伝統を踏襲しつつも挑戦する、新たな技法
KAMISMでは伝統的なものからアレンジを加えたもの、全く新しいものも含め、多様な技法を使って製品を生み出しています。
ざっと挙げてみただけでも
・木版(もくはん)
・櫛引き(くしびき)
・刷毛(はけ)
・墨流し(すみながし)
・箔(はく)
・渋型(しぶがた)
・染め
など。
ここではこのうち3つの技法をお伝えして行きます。
・木版
和紙の加工の技法でも一番ポピュラーなものかも知れません。
壁紙を作る際の手順を例に作成工程を詳しくご説明していこうと思います。
①絵を描く
A3ほどの大きさの紙に墨で下絵を書きます。
もちろん中西さんのオリジナルです。
②拡大・繋ぐ
下絵ができたら、拡大してつなぎ合わせます。ここはコピー機で。
もちろんコピーがない時代は手書きだったのですが、コピーの方が数倍早いですね。
版画なので反転してコピーしておかないと、完成する絵柄が逆になってしまいます。
コピーした下絵をズレが生じないように、つなぎあわせて大きな下絵を作ります。
一見簡単に見えますが繋ぎ目にずれ発生しないように注意します。
ズレは発生した際は、彫る段階で感覚で微調整するそうです。
③ゴム版にのりで貼る
完成した大きな下絵を、特注のゴム版に貼ります。
木版と言いながら、版画の素材はゴムです。
壁紙用の大きな一枚板を木で用意するのは無理があるため、サイズ面で制約の少ないゴム板を使用します。
④のりで貼った下絵を乾かす
⑤下絵に沿って彫りすすめる
壁紙に使用する大きな1つの版を作るのに約2ヶ月かかるそうです。
<こちらはゴム版の小さなもの>
また、ゴムで版を作る場合は彫りの難易度が上がるそうです。
理由は2つあります。
ひとつは、ゴムが木に比べて硬いこと。もちろんゴムなので硬さは色々変えることは出来るのですが、やわらかすぎると版を押した際にきれいに絵柄が出ないので、硬いゴムを使用します。
そのため、硬くなるに従い、彫るための技術が必要となります。
もう一つの理由は、修正ができないこと。
「木であれば、もし彫りで失敗して、細かい部分を削ってしまっても修正が聞くのですが、ゴムの場合は修正が出来ません。」
数ミリが失敗につながるので、彫刻刀の刃先がどこにあるか?どこの部分を彫っているのかを手元の感覚を頼りに、掘り進めます。
この様な作業が一人前に出来るようになるためには早くても3年はかかるそうです。
・櫛引き(くしびき)
こちらは、他にはないKAMISMLab.オリジナルの技法です。
「京都で見た枯山水の庭園に感動して、これを和紙でも表現出来ないかと考えた」とのこと。
元々は土壁を装飾するための技法でもあるそうで、それを和紙にアレンジしたということです。
①和紙にはけで色を載せる
一度に載せるのではなく、工程を数回に分けて繰り返すことで、目が細かくなり、仕上がりが綺麗になります。
②櫛(くし)で模様を入れる
頭のなかで完成形の模様をイメージし、一気に櫛で引きます。
慣れた手つきでスッ、スッ、と櫛を引く中西さんの動きに合わせて、重なり合った線の織りなす見事な紋様が現れました。
非常にシンプルな工程ですが、これぞ職人芸!と手を叩きたくなるようなひと時。まるで魔法を見せられているような気分です。
・渋型(しぶがた)
最後に、渋型と言われる技法もご紹介します。
通常であれば、手で紙をすいた和紙に、防水や防腐作用のある柿渋(渋柿の果実を粉砕し、汁液を発酵・熟成させて作る半透明の液体。)で貼り合わせた渋紙に、型彫師が精巧な紋様を彫り上げ、型紙を和紙に置き、色をすりこんで型染めする技法です。
KAMISMでは、その渋型の代わりに金属のトタンをハンマーと共にタガネで掘り上げます。
理由は耐久性です。
特殊なすり込み(中西さんと企画の朝香さんが考案した新しい技法)をして、通常よりもはるかに立体感のある変わった風合いの製品を作ります。
しかし特殊な技法のため、通常の渋型を利用したのでは数回で、型がダメになってしまいます。
そこでトタンを利用するそうです。
耐久性からトタンを試すまでも大変です。
トタンは金属ですから一度失敗すれば修正は効きません。
そもそも木を彫る事、ゴムを彫る事は通常の技法ですが、金属のトタンにタガネで彫っていく技術を持っている職人さんは多くいないそうです。
ここでもKAMISMはしかるべく挑戦を続けています。
もっと和紙加工の魅力を広げて、伝えていく
新しいチャレンジが進むKAMISMLab.ですが、一般の方向けの体験コーナーも精力的に実施しています。
ご紹介した櫛引き等の技法を実際に体験することが出来ます。
参加される方は若い人からお年をめした方まで様々で、かなりの人気です。
スカイツリーの近くという場所柄、全く日本語も通じない外国の方もいらっしゃるとか。
「言葉が通じない方にも、身振り手振りでなんとか伝え、最終的には体験までやってもらってます!」と中西さん。
日本への観光客数が記録的な数字となる中、和紙という日本固有の文化も、もっと世界へと発信できるタイミングかも知れません。
KAMISMLab.(カミズムラボ)の前を通りかかった人々は、てきぱきとリズム良く仕事をこなしていく中西さんの仕事振りを見ると、ついつい足が止まってしまう。
ーそんなお客さんと笑顔で話す中西さんですが、和紙を前にした際の表情は真剣そのものでした。
ここ東京スカイツリーのふもとでも、伝統を大切にしながら新しい世界に挑戦する、素晴らしいものづくりの現場を見る事が出来ました。