―ガチャン、ガチャン
リズムよく聞こえてくる工場のプレス機の音は、何だか元気がいい。
「こんにちは!みなさんようこそ!」
機械音に負けず、明るい声と笑顔で出迎えてくれた、新潟県三条市にある永塚製作所の専務取締役の能勢直征さん。
グッドデザイン賞を受賞したゴミ拾いトング『MAGIP』や、スコップ『FIELD GOOD』など、新しい挑戦が業界内で注目を集めています。
ところが、そんな挑戦も実は能勢さん一人きりでの手探り状態でのスタートでした。
東京から結婚後に三条にやって来た、いわゆる「よそもん(よそ者)」の能勢さん。
この地、三条で幼い頃から「手に職」で腕を磨いてきた永塚製作所の職人さん。
それぞれの立場の想いが織り重なってひとつになった時、その先に見えた世界とは…?
目次
- 今までやりたいことはやってきた。ホテル業からものづくりの世界へ
- 今までは届かなかったユーザーの声が聞こえた、ビーチクリーンとの出会い
- かっこいいほうがいい。デザイン性を兼ね備えたトング『MAGIP』の誕生
- 「そんなの知るか」つくり手からの反対を、面白さに変える
- 職人の意識を変える力を持った「工場の祭典」
- 遊びから生まれたスコップ『FIELD GOOD』
- 子どもたちへ、未来を作る「人づくり」を
- 成功しているとは思わない。続けることが大切
今までやりたいことはやってきた。ホテル業からものづくりの世界へ
小学校などで使った記憶はありませんか?園芸用のカラフルなスコップは、永塚製作所の主力商品のひとつ
永塚製作所は、大正時代からスタートした金属雑貨のメーカーです。
現在はゴミ拾いトングや園芸スコップ、火ばさみなどが主力商品。
その商品誕生のルーツは今も謎に包まれているといいます。
「実はうち、ずっと女系一家なんですよ。」
能勢さんは京都府舞鶴市の生まれ。永塚製作所は奥さんのご実家です。
代々、婿養子が社長を継いできたことも、工場の昔の記録が残っていない理由のひとつ。
しかし、能勢さん自身も永塚製作所の跡取りとしてはじめから婿養子になったのかというと、そうではありません。
能勢さんに、結婚当初は永塚製作所の跡を継ぐ意思はありませんでした。
高校生3年間、若狭高浜の民宿でアルバイトをしたのをきっかけに接客業の世界に足を踏み入れた能勢さんは、専門学校を経てホテルの世界へ。ベルボーイからスタートし、なんと支配人にまで昇り詰めました。
神奈川県の二子新地に家を買い、日曜日は多摩川を散歩。
そんな、能勢さんが絵に描いたような温かい暮らしが現実化したある日、急に三条までの道のりが目の前にせまりました。
「永塚製作所の社長(義理の父)から、跡を継いでくれないかって相談されたんです。結婚した当初は『工場は廃業するからホテル業を頑張ってくれ』と言われていたので、混乱しましたね。でも、永塚製作所は従業員やその家族の生活を背負っているし、ちょうど若い子が入ってきたこともあって、彼らを養う責任があったんです。当時、僕は40歳くらい。やりたいことも今まで結構やってきたつもりだったから、人助けの気持ちで三条に行くことを決心しました。」
能勢さんは、生業としていたホテル業から一転、ものづくりの世界へいきます。
永塚製作所のものづくりを支えてきた、スコップのプレス機が並ぶ工場
異業種への転職はきっと不安がいっぱいだったはず。
けれど、跡継ぎとして工場に入った過去を語る能勢さんの表情は、柔らかいものでした。
まるでいたずらっ子のような無邪気な笑顔の能勢さんと、永塚製作所のことを知るには、もう少しお話を聞く必要がありそうです。
今までは届かなかったユーザーの声が聞こえた、ビーチクリーンとの出会い
ものづくりとは180度違うホテル業界から新潟へ来た能勢さん。
当初は、今から工場で働きものづくりのスペシャリストになるには時間がかかりすぎると、現場には入りませんでした。
その代わりに能勢さんが力を入れたのが、まず工場の数字の管理です。
当時の工場は経営面に注力しておらず、予算管理や売上管理もおろそかでした。
数字の整理をはじめると、能勢さんはあることに気づきます。
「直接お客さまに販売していないので、せっかくいいものを作っていても、自分たちが作った製品がどこでどのように売られているのか分かりにくかったんです。工場の人たちは、製品が誰の手に渡って、どう使われるのかってことに対して、誰も関心を示していませんでした。」
しかし数ある取引先の中で一社だけ「エンドユーザーと直接繋がっているのでは?」と思える取引先を見つけます。
それがいま、能勢さん自らが参加する「ビーチクリーン」を行うかながわ海岸美化財団でした。
神奈川県の湘南海岸で浜辺の美化活動を行う彼らは、清掃活動に永塚製作所の火ばさみを定期的に購入していたのです。
工場を案内してもらいながら、能勢さんのお話は続きます。
「毎週、ボランティアさんたちが、自分たちの親しむビーチをきれいにしている。世の中ではこんなことが行われていたんだ!って驚きました。ここでは永塚製作所がエンドユーザーと直接繋がるパイプにもなるし、ビーチクリーンという文化にも惹かれ、週末に神奈川まで行って活動に参加しながら、ユーザーさんへのヒアリングを始めたんです。」
週末なら、工場の仕事にも支障はありません。能勢さんが一緒に汗をかきながらビーチクリーンの活動をしていくうちに財団の人にも認められ、火ばさみをさらに改良したトングを作ることになりました。
火ばさみは、本来は炭を掴むためのもの。
ところが、これをそのままゴミ拾いに使用するのでは、落ちているゴミが掴みづらい。
能勢さんが永塚製作所に入り初めて聞いた、工場の商品へのエンドユーザーの声でした。
かっこいいほうがいい。デザイン性を兼ね備えたトング『MAGIP』の誕生
永塚製作所には、作るプロはいてもデザインのプロがいない。
せっかく使ってもらうのであれば、かっこいいほうがいい。
いつも使い手の立場に立ってものづくりを考える能勢さんは、新商品にはデザイン性が重要だと感じていました。
会社や商工会に案内が届く講演会に片っぱしから参加し、デザインに関わるあらゆる情報収集をしました。
そこで出会ったのが、新潟を中心に活動するデザイナーの萩野光宣氏。
ちょうど、ある金属加工メーカーのブランディングを手掛け、事例報告で登壇していたのです。
「萩野さんと初めてお会いしたとき、僕はすでにビーチクリーンに何年も携わっていて、つかい手の要望はある程度把握していました。だから、ゴミ拾い用トングに求められていることを伝えて、一緒にやっていただけませんかとお願いしたんです。」
長い棒状にした金属板を機械でプレスし、トングの形にするために2つに折り曲げていきます。
「金属を異素材と合わせたい」と話し合い、材料にシリコンを使うことに。
金型が安いため選んだシリコンでしたが、それがかえって好都合でした。このシリコンに滑り止めとしての効果があったのです。
そして出来上がったのが、『MAGIP』。今まで掴みづらかった紙のような薄いものや濡れているものも拾いやすく、またトングに施された特殊な形状により重いものも半分程度の力で持ち上げられる魔法のトングです。
魔法のグリップ力「マジックグリップ」から名付けられたこの商品は、2012年にはGOOD DESIGN AWARD特別賞「ものづくりデザイン賞」に受賞するなど、デザインも高く評価されています。
『MAGIP』はいま、さまざまな清掃活動で活躍しています。
湘南海岸では、『MAGIP』を持っていると「あっ。それ使ってるんですね」「今日はどこでビーチクリーンあるんですか?」と会話が始まります。
『MAGIP』はコミュニティを広げるきっかけも起こします。
「そんなの知るか」つくり手からの反対を、面白さに変える
エンドユーザーの声を工場まで届けた能勢さん。
楽しそうに働く能勢さんと永塚製作所の新しい発見はさらに拡がっていきます。
ところが、工場の現場の意識がこうして外に向けて開かれていくのには、少し時間がかかったかもしれないと、能勢さんは教えてくれました。そこには、今までものづくりに求められてきた「生産性の重視」が関係していました。
「もともと、現場は『いかに限られた時間の中で多く作れるか』っていうのがモチベーションで仕事をせざるを得ない状況だったんですよね。必死にものづくりをしてきたことで、つかい手の意見に対して『そんなの知るか』とおろそかになってしまう側面もありました…。ユーザーの声を工場の人たちに分かってもらうまでは、けっこう根気勝負でしたよ。」
当初は、永塚製作所の社長も工場長も、現状維持に重きを置く考え方。
そこで活きたのが、かつてのホテルマン時代の経験でした。
「旅行会社とタイアップの企画を作る仕事をしていたんです。色んな場所に行って現地の情報を得ながら、自分でアイデアを出したりしていました。そのうちに、ホテルだけで何か企画をするんじゃなくて、地域や旅行会社、航空会社とも連携するようにしていきました。」
ホテルマン時代、能勢さんは旅行会社と航空会社、勤めるホテルの3社とのやりとりを全て一人で取り仕切ってきました。どれほど大変な立場になっても、その時に学んだことがあります。
「どこまで面白がってやるか」
能勢さんは、永塚製作所に来てからもこのマインドで数々の山を乗り越えていきます。
『MAGIP』が世間で注目されるようになってくると、工場の現場の考え方もだんだんと変わりはじめたといいます。
素早く確実にプレス作業を進める工場長の姿。
さらに、永塚製作所にとって現場の意識を変える大きなターニングポイントとなったのが、新潟県燕三条の「あの」イベントです。
職人の意識を変える力を持った「工場の祭典」
「工場のターニングポイントといえば、やっぱり『工場の祭典』ですよ。このイベントの本当のすごさは、人を変えちゃうところなんです。」
「工場の祭典」の第一回目が行われる前に、初代実行委員長である包丁工房タダフサの曽根さんから工場の祭典の話を聞き、「うちでよければ参加します!」と能勢さんは手をあげました。
ここでも「工場を一般に公開するなんて技術をマネされてしまう」と、工場の現場からは賛同を得ることは難しかったといいます。
だからといって諦めず、方法を変えるのが能勢さんの流儀。
普段から行っていた三条市環境課でのゴミ拾いと、一般社団法人日本スポーツGOMI拾い連盟が行うゴミ拾い競技の日程を調整し、工場の開放ではなく、ワークショップとして工場の祭典に参加したのです。
「『工場の祭典』第一回目でのこのイベントがメディアにも取り上げられて工場に取材がくると、現場の意識がだんだん変わり始めたんです。そして第二回の『工場の祭典』で、ついに永塚製作所でも工場見学を開催したんです。」
特別に「工場の祭典」のときと同じ状態に機械の準備をして、工場長がスコップが成形される工程の説明をしてくれました
「現場で働く職人さんは、工場見学の際に説明をするために、インカムを付けるんですよ。それまではみんな公式ユニフォームのピンクのストライプTシャツを着ることすら恥ずかしがっていたんですが、インカムを付けると、不思議とエンターテイナーになっていくんです。ある意味では、こういった『形』から入ることも大事なんだなって実感しましたよね。」
園芸用スコップの製作工程を工場長に丁寧に説明してもらいました
実は、第2回目の「工場の祭典」の公式画像には、永塚製作所工場長の熊谷守さんの写真が採用されています。
その真剣な工場長の表情からは、それ以前は見学を受け入れていなかった工場とはとても想像できないほどです。
©「燕三条 工場の祭典」実行委員会
遊びから生まれたスコップ『FIELD GOOD』
工場の現場からも協力を得ることができ、無事に終わった永塚製作所の「工場の祭典」。
しかし、能勢さんに休んでいる暇はありません。
──入社当初からの永塚製作所の主力商品、スコップで何かできることはないか。
今度はクリーンだけではなく、グリーン関係で何か新しいことをやりたい。
能勢さんは次の商品開発へと着手します。
そうして誕生したのが、デザイン性と機能性の両方を兼ね備えたスコップ、『FIELD GOOD』シリーズです。
トングの『MAGIP』開発時とは違い、スコップは形を工夫しにくいという難題を抱えていました。
そこで目を付けたのが「塗装」です。
実は永塚製作所は、金属製品メーカーでありながら工場内に塗装場があるめずらしい工場。
これが、新商品開発の際の工場の付加価値となったのです。
スプレー状の塗料を吹き付ける様子。塗装場では、ベルトコンベアから吊るされた製品がぐるぐると移動
スコップづくりで選んだ開発パートナーは、クリエイティブ・ディレクターの山田遊さん率いるmethod(メソッド)。そして、山田さんがさらに「色」の担当として声をかけたのが、色の魔術師と言われるクリエイティブユニットのSPREAD(スプレッド)でした。このチームは、「工場の祭典」を手掛けていることでも有名です。
「SPREADさんの色に対する要求は高くて、サンプル作りにもかなりの金額をつぎ込みました(笑)Skypeで何度も会議をして、色見本を出し、サンプルを作る。実は塗装ってすごく大変な作業なんですよ。」と能勢さん。
『FIELD GOOD』の塗装は大きく4段階に分かれます。
①形になった製品に色下地を吹き付けて地の色が出ないようにする。
②一旦製品を焼き付ける。
③再度、塗料を吹き付ける。
④再度、製品を焼き付ける。
製品に塗料を吹き付けて焼き付ける工程を二度繰り返すのが、素地を見せず発色を美しくするポイントです。
さらに、温度・湿度が条件に合わないと同じ色が出ないこともあります。
試作段階では、実際に出来上がった色が想像と異なることもあり、頭を悩ませたといいます。
それでも、永塚製作所もSPREADも妥協することはありませんでした。
持った瞬間、その軽さに驚くスコップ「ABOVE」
『FIELD GOOD』には「IN」「ON」「ABOVE」という3つのモデルがあります。
「IN」は、地中深くに眠る鉱物が持つ、秘めた硬質な輝きを表現したハイエンドモデル。
「ON」は、大地に実る彩りを装い、作業性と携帯性を追求したスタンダードモデル。
そして「ABOVE」は、風に揺らぎ舞い散る花びらのように、軽やかなカジュアルモデルです。
中でも「ABOVE」は、能勢さんの遊び心から生まれたといいます。
「SPREADさんが工場にくるときにね、驚かせようと思ってアルミでスコップを作ったんです。そうしたら『紙みたいでいいな』って気に入られてしまって(笑)でも、これを塗装すると表面に凹凸ができて、とても商品として出せるようなものではなかったんです。ところが、表面のざらざらした質感が逆にいいと言うので、あえてその質感を出せるような塗料を開発しました。そんな遊びから生まれたのが、ABOVEモデルなんですよ。」
子どもたちへ、未来を作る「人づくり」を
これまで能勢さんが手がけた『MAGIP』と『FIELD GOOD』の2アイテムは、エンドユーザーの声を直接反映させたものです。
その他の永塚製作所の商品は問屋さんやホームセンターに卸したり、OEMで成り立っています。
「今までやってきた歴史があるので、それはベースとして残しながら、今は『MAGIP』と『FIELD GOOD』の2アイテムを展開して、工場の考えや想いを発信することができていると思うんです。」
思い描いた工場の形が出来あがりつつあるいま、次に能勢さんが挑戦したいことがあります。
「───ヒトづくりです。子どもたちにゴミ問題を知ってほしいですね。私たちは次の世代に環境を残していく義務があると思うんです。COP21*では2050年には魚の数より海ゴミの数の方が多くなると言われています。中でも問題なのは、プラスチックごみに含まれるマイクロプラスチック。分解されずにそれを魚が食べ、その魚を我々が食べているんです。プラスチックが多くなった要因は、私たちの暮らしが楽になったこと。こういう事実を子どもの頃から知ってもらうために、僕は伝道師として、ごみ拾い活動を通じ、ゴミの発生抑制などの重要性を伝えています。」
※COP21…気候変動枠組条約第21回締約国会議。世界各国の代表が、気候変動の問題に対する取り組みを話し合うために開催された。
ゴミ拾い用トング『MAGIP』と、家庭園芸用スコップ『FIELD GOOD』。
どちらも環境づくりには欠かせない商品かもしれません。
能勢さんがこれからつくりたい未来は、工場で今も作っている製品のコンセプトに込められた想いと同じです。
成功しているとは思わない。続けることが大切
自分は三条の外からきた「よそもの」。
それに、ものづくりの世界では新参者だったため、能勢さんが他の人はやらないようなことに挑戦してきた結果、生まれた2つの永塚製作所のブランド。
「まっさらな、透明なところに自分の色を付けたい」と話す能勢さんは、まだまだ成功したなんて思っていない様子。
「ゴミ拾いと同じなんです。毎年同じことをやっていて、ニュース性はなくてもやり続けるのが環境活動です。そこに商機を見出してガバっと儲ける様な仕組みにはしていないんですよ。工場の人たちや自分たちが食べていければそれでいい。背伸びし過ぎると無理しなきゃいけなくなるんです。そうすると、行き着く先は価格競争になってしまうから、とにかく今やっている範囲のことをきっちりやることが大切だと思っています。そして社会への貢献活動をしていくことが、これから先もやっていきたいことですね。」
ビーチクリーンには、なんと全国に3,500ほどのコミュニティがあるそうで、3月ごろからビーチシーズンに向けて清掃活動が行われます。
そして、その輪はゆっくりと広がっています。
各地方で環境活動をする人と、直接つながる新潟県の永塚製作所のものづくり。
ものづくりを通じて人と人、人とコトが繋がる活動がこれからも続いていきます。