日本の地方産地が誇る良質なテキスタイルを武器に、ファッションブランドTH_READ(以下スレッド)を立ち上げたデザイナーの計良陽介氏。
前編では、フランス・パリでの下積み時代について伺った(前編はこちら)。
後編ではいよいよ、パリから帰国した彼が見てきた日本のテキスタイル産地のこと、そして、ブランドが目指す日本のファッション業界の未来について語ってもらう。
もくじ
- 本当のブランドとして参考にしたいのはアメリカではなく、ヨーロッパのスタイル
- 日本のテキスタイル産地のストロングポイントと問題点
- 本来なら、一流レストランを作れるはずの日本の生地の凄み
- アジアの進化するテキスタイル技術の中で、日本はどうあるべきか
- ファッションデザイナーが語る日本のファッション産地のこれから
- スレッドが切り開いていく日本の産地の未来
本当のブランドとして参考にしたいのはアメリカではなく、ヨーロッパのスタイル。
計良さんは日本に戻ってきてから、就職活動をしてアパレル企業へ入るんですよね。
そうです。日本でのデザイナー生活では三年間は何もさせてもらえずの状態でしたね。雑用はもちろん、ベルト、ネクタイ、プリントTシャツ、ストールの企画しかやらしてもらえなかったんです。年がたってやっと、パリでテーラーを勉強していたこともあり、ジャケットをやらせてもらいました。近くにはパターンナーもいたし、工場とのやりとりもしたし、このときにスキルが飛躍的に伸びましたね。
そんな経験を積んで、ようやく本筋の話。計良さんが立ち上げたファッションブランド、スレッドの出番ですね。
なぜこのタイミングで自分のブランドを作ろうかと思ったかというと、これまたパリにいた時に出会った尊敬する日本人の方の影響を受け、33歳までに独立するって決めてたんです。31歳の時から独立するための準備を始め、その流れでスタートアップゲートウェイ*のピッチに出たのが2013年です。
※スタートアップゲートウェイ…東京から世界を変える、若き起業家を輩出するスタートアップコンテストのこと。
そもそもファッションブランドを始めるのに、ベンチャー企業が多く集うピッチイベントに出るのも新しいですよね(笑)スレッドでは計良さんがパリから日本に帰ってきてからのファッションデザイナー経験もしっかり活かされているんですよね。
自分では気づきにくいのですが、生地の工場に行くと「計良さんは知識がすごくあって、詳しいよ」と言われて、自信がつきました。
その知識を活かせば自分のブランドにも勝機があると見込んだんですね。パリと日本のファッションブランドの在り方でも違いがありそうですね。
あります。パリでブランドを作るっていったら、デザイナーは展示会に作品を置いたら後はもう完全に分業制です。どっかにゴミが落ちてても私は拾いませんスタイルです。服を仕上げたら、その先はもうプレスとか営業の仕事なんです。
日本とは構造が違いますね。
日本の場合はクリエイション(創作)とビジネスが離れていません。僕は日本での仕事の経験があり、この工場でこの生地を使いこの付属を使い、モノを何枚ほど量産すると、上代が幾らくらいになるのか分かるようになったんです。
これが、実はストロングポイントだと思いました。日本ではパリの様に服をプロダクトアウトしても誰も買ってくれないし、デザイナーがクリエイション一択で飯が食える状況では無いと思っています。しっかり価格の計算ができて、生地屋さんとの繋がりを使えば、自分なりの考え方を踏襲した新しいモードが創れると確信し、スレッドを始めました。
日本であれば、ヨーロッパとは違って販路もなんとかなるし、アルバイトでもなんでも仕事があるから、食うに困った時でも何とか夢を追いかける環境はありますよね。
確かに、選ばなければ仕事はなんでもありますね。
自分がこの新しいブランドでやりたいビジネス領域に市場があるのかは分からないけど、まずはやってみようと思ったんです。スタートアップゲートウェイでは、アメリカの企業に用いられるような考え方で、市場規模があるのかや、大手が参入してきた場合は勝てるのか?と言った視点で、自分のブランドビジネスのブラッシュアップをし、時には周囲に「そのビジネスは間違っている」とも言われました。
確かに、ジャケット一着で8万円するものを買う「市場」ってあまりないでしょうね。
自分でリサーチしても、そんな層は周りにいなかったです。でも、やり続ければ何かできるし、新しいコトが起こるんじゃないかと思っていたし、自分はこのスタイルがいいと考えていたので、決断に悔いはありませんでした。語弊を恐れずに言うと、こそこそ隙間を狙うようなビジネスをしたり、自分の作った会社の売却を狙ったりってことには個人的に虫唾が走ったんです(笑)
分かりますねーその気持ち(笑)
ヨーロッパにいた経験もあるので、アメリカ型の起業法よりも、モノをしっかりと作り、それを買ってもらうことで、お客さんに満足してもらい、さらにアフターケアまでしっかりやる。ヨーロッパのこういった一流企業のあたりまえの形に魅力を感じていたんです。ヨーロッパでは40年前のバッグでも修理してくれる。これこそが、自分が憧れたブランドの価値だったんですよ。例えば今のAppleが果たしてそれをやってくれますかね?(笑)
数年前の製品は使えなくなりますよね。
自分の信じるやり方に、残りの人生をかけたいと思ったんです。お金を稼ぐことも大事だけど、「それで一体何が残るだろうか?」と。自分がどこまでやり通せるかを知りたいです。
具体的にヨーロッパのブランドで参考にしている部分はあるんですか?
ビジュアルブランディグですね。ブランドにおいて、消費者が眼にする全てのものに気を配ることです。ネットが台頭しても結局、初めの接点としてはビジュアルデザインしかないと思っています。フォントにしても、ロゴのデザイン、パッケージデザイン、写真にしても。ここは徹底的に意識していますね。
スレッドは店舗をまだ持たない分、ネット上でのビジュアルブランディングが大切ですね。
ただ、カッコイイだけでもブランドとはいえない気がするんです。やっぱり僕は日本やヨーロッパの顧客ケアを見て、ブランドって感じます。佐渡ヶ島で親が造園の仕事をやっているんですよ。数百万の仕事を受注して、それを春夏秋冬、しっかり自分で見に行ってケアをする。そんな光景を幼い頃から見てきた影響も少なからずあるかもしれないですね。モノを作るまでのプロセス、PR、販売、ケア、SNSなど全てを通じてブランドの価値ではないかと思っています。
日本のテキスタイル産地のストロングポイントと問題点
ファッションブランドといえば、生地作りが重要です。そして日本にはたくさんの生地=テキスタイル産地があります。ファッションデザイナーの立場から見て日本のテキスタイルの魅力ってなんでしょう?まず、テキスタイルの現場のハナシって、業界の方以外ではあまり知られてませんよね。
日本では、繊維の原料はほぼ全て海外からの輸入に頼っているのが実際です。しかし資源がなかったとしても資源の使い方やアレンジの仕方でどうにでも化けるのが繊維(テキスタイル)です。
生地を作るまでには複数の工程があります。原料を輸入し、ワタを糸にする糸商やぼうせき屋がいて、ぼうせき屋から糸染め屋に渡り、糸に色が付けられて、機屋(はたや)に糸が渡り、機屋が生地の原型を設計して生地を織ります。
これほどの工程があること自体、一般の人々にとっては馴染みがないですね。
さらに、これで生地が完成ではなく、目視で傷などを確認したのちに整理加工屋と呼ばれる工場での、生地の最終仕上げの工程があります。このときに生地の風合いや特徴に応じた特殊加工などを施して、やっと生地の完成です。この完成までのプロセスの中に、日本の生地屋のストロングポイントがあるのです。
原料さえ良い物を確保できれば、これらの工程=料理の腕次第って感じですね。
日本では何通りもの糸の作り方、織り方、仕上げ方があり、それらを複雑に混ぜながら新しいテキスタイルを作ることも出来るし、安定したテキスタイルを作る技術も知識も豊富です。
国内では、大きく分けると、北陸の合繊・播州のコットン・浜松のコットン・尾州のウール・米沢のシルク・桐生のシルク・大阪和歌山のジャージ・広島井原岡山児島のデニムと8つほど産地があります。この産地による特性をうまく混ぜていくことで新しいテキスタイルの開発が可能になると思っています。
細かい所ではもっとありますもんね。
そして、日本のテキスタイルの最大の魅力は、生地の整理加工屋さんの化学による新しい試みです。この最終工程である生地整理加工こそが1番の魅力です。整理加工がないと生地は完成しないし、生地の出来を左右する大事な工程なんです。
本来なら、一流レストランを作れるはずの日本の生地の凄み
話をパリに戻すと、日本のテキスタイルの魅力は、パリの現場でも感じていたんですか?
ほぼ全ブランドが日本のテキスタイルを使っていました。日本に帰ってきてから、50社以上の生地屋に足を運びましたが、それをパリの一流ブランドがこぞって取り入れているんですよ。
これも業界以外に一般的にはあまり知られていない事実ですよね。
生地を作るのは、料理みたいなもので、素材があって、それをどのように工夫して生地にするかなので。それで言うと、一流レストランに料理を出せるはずなんですよ日本の生地屋は。
世界の中でも日本の大きな強みですよね。
日本のメディアではテキスタイルを作っていることが全然フォーカスされないし、それを作る各地の生地屋も全然知られていないんですよね。くたーっとしてたり、ざらっとしたり、わざとぐちゃぐちゃしたり。そういう生地の多様性や繊細さは他国にはないし、すごい開発力なんです。
そういった問題意識から、計良さんのブランドであるスレッドの「理念」があるんですよね。
スレッドは、僕が服としてプロダクトをしっかり作るから、工場も一緒にもっと前に出ていこうというコンセプトでやっています。
今の国内工場の開発力の高さは、もともと世界で活躍した先人の日本人デザイナーたちの貢献が多いんですか?
そう思います。日本のテキスタイル工場の開発力が素晴らしいのは、COMME des GARÇONS(川久保玲)、Yohji Yamamoto、ISSEY MIYAKEなどのおかげじゃないでしょうか。先人たちは「もっとこんな感じの生地はできないか?」と、時には現場に無理を言ってきた歴史もあります。現場の人も工夫をするために頭を働かせて、作る常識を変えることで、良い方向にシフト出来た部分もあると思うんです。
なぜ当時の日本人デザイナーは国内のテキスタイルに注目したんですかね?
うーん。これは推測ですが、自分たちがどうすれば欧州のファッションシーンに対し一矢報いることができるのか?と考えて、自然と「自分たちのアイデンティティのジャパンテキスタイル」にフォーカスせざるを得なかったんじゃないでしょうか。素材の開発を含めた立体デザイン、ショーとしての表現、物体としての驚き、ファッション業界に対するアンチテーゼを含めてテキスタイルを進化させながらのファッションデザインは世界を見ても日本がダントツだと思っています。
その当時は世界で賞賛された日本が誇るテキスタイルも、近年問題点を抱えています。それは、産地に元気がないことですよね。
2001年ごろから廃業する生地屋が増えていったと思います。ファストファッションが台頭してきて、アジア中心に工賃が安い国で安価な服を作る方向に業界全体がシフトしましたよね。いわゆるSPA(製造型小売業)が出来たタイミングで一気に産地に元気がなくなってしまいました。
その動きに賛同した企業が多かったことが、今の2017年にもつながってきているということですね。
アパレル小売業界もみな自分の生き残りに必死でした。製造を専門商社に丸投げするなどしてきた結果として、日本のテキスタイル産地を殺してしまった部分もあると思います。特に大打撃だったのは先ほど挙げた、生地の最終仕上げ工程を施す、整理加工屋さんが廃業してしまったことです。
ファッションデザイナーから見て、アジアの進化するテキスタイルと日本はどう向き合うべきか
世界のテキスタイル産地の中で、日本の立ち位置やそれについて思うところはありますか?
実はいま、見識を広めるためにスレッドとは別の仕事でアジアでのメンズテキスタイル開発の手伝いもしています。今まで日本のテキスタイルを徹底的に勉強していたんですが、一歩引いてアジアから俯瞰して日本を見るようになったからこその気付きもありました。アジアのテキスタイルは凄まじいスピードで進化しています。
たしかに最近では、アジアの技術の進歩を耳にすることがありますね。
これは、地方に住んでいる生地屋さんは気づかないことだと思ってます。数年前まで、アジアのテキスタイルは本当に見た目が安っぽい仕上げや風合いのものばかりでしたが、最近ではイタリア人やフランス人を先生として契約することで、繊細な風合いやタッチを表現出来るまでに飛躍的に進化しています。
日本にとっては危機のひとつですね。
日本は、大量生産では中国には完敗します。日本は法的に労働者の給料が高いのも原因の一つですが、どうしても生地の値段が高くなってしまう理由は他にもあります。それは、先ほど話した生地が出来あがるまでの工程が分業化されているという問題点です。作っては次の工場に渡し、また作っては渡し、また渡してやっと完成するので、どうしても時間と運送コストがかかってしまうのがネックです。
中国や台湾、韓国でもたしかにそういった分業制も存在しています。しかし、欧米からの大型投資を受けた最先端の生地屋は、わかりやすくイメージすると、ある一つの大きな大学の敷地内全てが生地と縫製工場になっているような巨大なスケールの工場です。これが多々存在していることは、あまり日本人には知られていません。
そうなんですか。物流コストが格段に変わってきそうですね。
そうです。大量に生地を作り仕上げて、そこで大量に縫製して出荷されたら当たり前にコストは落ちますよね。今までは日本でも当たり前だった第二次産業の規模の経済が働いているのでしょう。
そんな現状の中で、これから日本のテキスタイル産地は何を売りにするべきなんでしょうか。
日本のテキスタイルが世界で勝つための売りとしては、「①少量対応 ②高品質 ③安全性 ④特殊加工」この4つなのではないかと思っています。
ファッションデザイナーが語る日本のファッション産地のこれから
日本のテキスタイル産地について、計良さんはデザイナーとして今まで各産地を見てきたと思います。そこで感じたことを教えてください。
そうですね…。産地の多くが未来を諦めてしまっている様にも感じます。あとは後継者がいないですよね。
やはりそれもありますか。
今の工場を若い子に職場として勧められるかっていったら難しいですよね…。ファッションに興味があれば、リアルタイムで現場の工場が何をしているかが分かったり、ネットの力で情報も繋がったり、リアルのコミュニティも作って、地方にいながらファッション業界の小売の中心地と「一緒に仕事をしている感」を得ることが出来れば、若い人に産地の工場の魅力的に映るんじゃないでしょうか。
スレッドの活動で、ファッションの川上の製造現場から小売の川下を繋げていこうってことですね。
デザイナーや現場がチームとして組めれば、一緒に働いている感もある。モノづくりに関わる全ての現場の人たちの価値を上げるのが自分の仕事だと思っています。現場ももっと表に出て認知されていけば、憧れの職業になって、よりお金が稼げるようになるかもしれないですよね。フランスのエルメスの仕事のように、それが大事なんだと思っています。
計良さんがデザイナーとして、日本の産地に対してこれから起こせる行動を挙げるとしたらなんでしょう?
スレッドが工場の写真を撮影しSNSで投稿しているように、繊維産業の現場がかっこいい、働きたいと思えるようなきっかけを作っていきたいです。イギリス、ドイツ、フランス、イタリアはメディアや雑誌を巻き込んでものづくりをしている人をフォーカスしてカッコよく見せるのがすごく上手い国ですよね。
そして、僕には出来ないけれど必要なことが2つあります。1つはメディア配信力、2つ目は編集デザイン力です。ヨーロッパ人が日本人よりも昔から圧倒的に長けている点もこの2つだと確信しています。日本人はモノを作るのは上手いし作ることにはお金もかけるけど、世の中に発表していくのが凄く苦手なシャイな人種ですし、マスメディア自体も欧米よりは道徳的に控えめです。
どこでもそれが課題ですね。
そして、その2つにお金を払うという文化と教育が薄すぎます。スレッドに2つが加わればもっともっと産地で働きたい、と少しでも憧れてくれる人が増えるのではないかと思っていますし、スレッド自体も大きくなっていけると思います。
スレッドが切り開いていく日本の産地の未来
もっと外の世界を見たくて見たくて仕方がなかった。負けてられないと思った───。
一人で旅した国も15カ国以上になる。
憧れたような人たちに追い着きたいし、追い越したい。
そう熱く語る計良さんは、今も確実に憧れた世界への扉を切り開いて進んでいるように見えた。
一本の糸とインターネットの繋がりを現す「TH_READ」。
業界の枠に捕らわれない発想力で、川上と川下を、地方と東京を繋げ、いま一本の糸から大きな輪へと広がる。
TH_READ情報
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