糸よりもさらにさかのぼり、元の綿(わた)から染め上げる───。
古来から培われた先人たちの知恵を活かし、丁寧に染め上げられた製品の数々。
やさしい風合いと、目を引く自然由来の美しい色彩。
東京・蔵前の魅力的なブランド「MAITO」の哲学や、目指す価値とは…?
「ここから数年の目標として、現状の染め場併設のショップからさらに拡大し、糸作り・織り・染めの全てが出来る工場を併設したショップを作ることを目指しています」
MAITOの代表、小室真以人(まいと)さんは、「山家屋」といわれる京都丹後ちりめんの織元の家系で生まれ、現在も福岡県は朝倉市秋月で染め物屋を営むお父さんの元で育った、根っからの草木染めの職人です。
ブランドMAITOの哲学
小室さんは長年職人さんを見続け、自身も職人として仕事をしつつ、ブランドである「MAITO」を立ち上げ、アパレルショップを経営しています。
【小室さん】
小室さんは東京藝術大学のご出身。
在学中にはさまざまな知識を身につけ、染色や織りについての豊富な知識など多様な引き出しがあります。
友禅や紅型(びんがた)の製作経験があり、織機(糸を織る機械)を自分で組み立てたり、柄組(がらくみ)したりと機械の分野までその知識は拡がっていきました。
※紅型・・・沖縄を代表する伝統的な染色技法
※柄組・・・横編機で編地を編むための設計、プログラミング
着実に学んでいく中で「中途半端にできるだけでは結局、その分野のプロフェッショナルには勝てない。ならば自分にしかできないことをやろう」と考えたそう。
例をあげると、友禅の技法です。
友禅だと下絵のプロ、型紙を彫るプロ、糊を置くプロ、染め付けのプロ、のりを抜くプロと工程ごとに熟練の技術を持った職人さんが存在し、成り立っています。
小室さんが自分にしかできないと見定めたのは、国内に存在する沢山のプロとプロをつなぐこと。
そこで生まれた出逢いに、自分の専門分野でもある、小室さんの草木染めの技術のかけ合わせることでした。
学生の頃に生まれたこの考えが、今の「MAITO」をつくり上げ、常に自分の一番の強みを模索する小室さんのマインドの原点です。
現在も、多くの職人さんと関わりつつ、多くの商品を世に送り出しています。
【染めに使用する大量のバケツ。】
やりたいことを表現するには、素材作りから
小室さんはMAITOをスタートする以前、実家の工房の商品づくりや、メーカーさんからの依頼により草木染めなどを行う、染め職人でした。
「これだとやっていることは父と同じだな。どうすれば自分にしかできないものができるかな…。」
考えた結果、まずはニットから始めました。
さらにニットの中でも、新しい技術を積極的に取り入れ、無縫製のホールガーメントの機械を購入し、最新の技術でつくるニットと草木染めを融合させた開発を行いました。
※ホールガーメント・・・最先端のコンピューターとデザインシステムを使い、縫い目なくニットを立体的に編み上げる機械
もとは小室さんがご自身で稼働させていた機械でしたが、大阪で自分よりももっと上手に機械を動かすことができる職人さんと出逢いました。
小室さんの考え方に共感し、その方は元の会社を辞めてまで、小室さんが購入した機械を使用し現在もMAITOを手伝ってくれています。
土地と四季の恵みで染める
MAITOの一号店は、モノづくりをテーマにしたショップやアトリエが並ぶ、「2K540」という商業施設にありました。
ショップ兼事務所の店舗でしたが、この場所には一つだけ欠点があったそうです。
それは、その場で「染め」ができないこと。
草木染めはその季節限定や、そのタイミングでしか染めれないものがほとんどです。
「地元(福岡)にいた頃は、『ちょっと裏の山に行くわ』と色々な植物を自分でとって来て染めることができました。でも、東京ではそれが出来ないんです」
自然との関わり方を考えると、どうしてもすぐ身近で染めができることが必要になります。
そこで、どうにか都内でも染めができる場所を作ろうと思い、完成したのが染め場を併設した蔵前のMAITOのショップです。
例えば、桜は花が咲く前の枝を煮だし、染液を作ります。桜は勝手に切ることが出来ないので、剪定のタイミングや雪折れした枝を植木屋さん等からもらい受けて染めているそうです。
実は上の写真は桜で染められたストール。
なんとも言えない淡い発色から自然由来のやさしさを感じます。
小室さんの染めへのこだわりは、並大抵のものではありません。
染液を作るために2週間~長いときには1ヶ月をかけ、枝をアルカリやあく等を使いながら煮出します。染液は温度や湿度も重要で、ただそのまま置いておくと腐ったりもするので、手がかかります。
植物によって染液の作り方は変わります。
同じ植物でも、その植物のどの部分を使用するかでも色は変わります。
使う水でも、染まり方が変わります。
その地で取れた植物は、その地の水で染めるのが一番です。
MAITOでは、使う生地や糸にもこだわっています。
綿から糸へ。そして糸からも自社で編み上げます。
綿はオーガニックコットンを使用し、太さを変えたり、よりの強さを変えたりし、最終製品で出したい染め色に近づけて行きます。どうしても市販の糸では染め色が安定せず、製品を作るために糸から開発することもあるそうです。
小室さんは糸を作る機械で、独自にさまざまな研究も行います。
「製品を作るために、機械を買い、染め場をつくり、糸を作り、生地を作る。ここまでやることで初めて技術力がついてきたと思っています。これからはブランディングやマーケティングなどをしっかり腰を据えて行い、広げていきたいですね」
染色を起点とした、これだけのこだわりを持つMAITOの展開から目が離せません。
現場を通して直面した課題
ご自身が染め職人でもある小室さんは、できるだけ多くの高い技術や、職人さんを残していきたい想いがあります。
「実際に自身もブランドを運営する様になり、生産地を増やすために全国を周っていると、想像していた以上に跡継ぎがいなくて困っている職人さんと出会います」
正直なところ、始めは「この職人さんがいなくなってしまうと自社のブランドの生産に影響がでるから。」という理由が大きかったと語ります。
製品を作るために職人さんとやりとりをする中で、徐々に業界全体の課題として大きくとらえるようになったそうです。
小室さんの考えるこれからの大切なことは
⒈ 職人さんに十分な仕事を作れること
⒉ 若い世代がもっと興味を持ち、職人になること
この2つです。
「手作業で一つひとつ丁寧に作ることはものすごく良いことです。ところが全てを手作業で進めることで、素材や商品が高くなりすぎては、お客さん(最終消費者)は買えないですよね。(特に現在は流通が発達しているので世界中の労働力の安い国で生産した商品が日本に入ってきます。)高くて売れなくなると、職人さんの仕事もなくなってしまいます。そんな理由から、手作業でしかできないところは手作業で進め、その他の部分は作業の適性をしっかり判断しつつ、機械化・効率化していくことも、これから先の時代は重要だと思います」
職人さんの仕事が成り立つのに必要な仕事量が10だとして、自分達の発注量が5しかなければ、他に自分の周りで作りたい人や、ブランドを紹介することで10を充たすような動きも実際にしています。発注する側とされる側、お互いでしっかり考え歩み寄り、最適な解を導き出すことが、技術を守り、職人さんを守る視点でも大事なのでしょう。
もちろん、小室さんは職人さんの手仕事を否定しているのではありません。
自らも職人として現在も手を動かしながら日々運営していく中で出て来た、小室さんなりの答えだと感じました。
小室さんは染めだけに関わらず、ファッションの原材料から最終製品ができるまでの工程を自分の目で見て確かめ、広く問題意識を持っています。
小室さんの水面下での活動は、ファッション産業の未来を考える上でヒントになりそうです。
現状の各産地の事態は僕たちが思うよりも、もっと深刻なのだと思います。
MAITOの目指す理想の形
最後になった、小室さんが大切にしているもうひとつのこと。
それは、若い世代の職人を増やすための活動です。
そのひとつが、現在も頻繁に行われているワークショップです。
MAITOの草木染めワークショップは大人気で、月1、2回程度の実施が、SNSですぐに満席になってしまう状態です。
ワークショップで草木染めなどのモノづくりに実際に触れる機会を増やすことで、今まで興味を持っていなかった層にその楽しさを伝え、未来の世代を育てていきたいと小室さんは話します。
この流れを拡大して行き、最終的に糸作り・織り・染めの全てを目の前で見ることができる工場を併設したショップにするのが目標です。
そんなショップはまだ見たことがありません。
ものづくりの現場は、今までどちらかというと裏方で目には見えにくい存在でした。
実際に作っている場所を訪れ、空気を感じ、人の仕事に触れるという体験。
この体験から生み出されるコミュニティとの関わり方の連鎖が、 これからのモノづくりの未来の大きな革新になるのではないか。
自分でも実際に産地に足を運び、商品を購入し、そう感じました。
最近では都内を中心として、自家焙煎所を併設し、ハンドドリップで目の前で丁寧にコーヒーを抽出してくれるサードウェーブと言ったカフェが多く海外から上陸し、人気を博しています。
ここMAITOからもファッション業界に“魅せる製造”の波が生まれるのかも知れません。