長野県東御市(とうみし)。浅間山を背にし、南には八ヶ岳連峰の雄大な山並みに囲まれるその場所に「パンと日用品の店 わざわざ」はあります。

ぐるぐると山道を抜け、開けた先には田んぼと貯水池が見渡せます。ぽつんと佇むわざわざ、看板も小さいので見落とし注意です。
木の扉をあけると、迎えてくれたのは美味しそうなパンの匂いと空間に溶け込む日用品たち。そしてスタッフの笑顔。

Facebookのフォロワー数は1万を超え、instagramも8,000超えと、SNSを駆使するわざわざ。その発信力とパワフルな経営を評価され、5月に行われたカラーミーショップ大賞2016では、ベスト店長賞と優秀賞のW受賞を果たしました。

※カラーミーショップ大賞…ネットストアで、全国6万店以上の中からNo.1を決める年間最大のコンテスト。お客さまからの一般投票・審査の上、それぞれの賞が決まる。

なぜ地方の小さなお店がこれほど話題になるのか?
決して行きやすいとは言えない場所に、多くの人が訪れる理由とは?

今回は「わざわざ」訪れたくなるお店の挑戦とその秘密に迫りました。

 

mainIMGP3387絶景とわざわざ。景色の中に溶けこむような木のぬくもり溢れる外観

 

「自分たちが使ってみて、良かったモノ」が価値基準。わざわざの店構えとは

パンと日用品の店わざわざは、店主の平田はる香さん(以下、平田さん)が2007年に自宅の一部を使って開業。長野県東御市の山の上にあり、通りすがりで人がくることはまずありません。

そんなことから店名を、「わざわざ足を運んで頂いてありがとうございます。」の意を込め「わざわざ」と名づけました。

わざわざのご紹介をするには、まずはおいしいパンから。わざわざ自家製のパンは、カンパーニュと角食パンの2種類。毎日食べても飽きない食事パンをたくさん焼くのが平田さんの夢だといいます。

そして、このパンの他にも作家さんのうつわや、もんぺ、掃除用具に至るまで生活に必要なものが小さな店内に所狭しと並びます。

最近では、地元の農家さんの野菜も取り扱いはじめ、商品の幅も広がっています。

 

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木のテーブルの上にきちんと並べられた器やスプーン、ナイフなど、日常で使うものにも関わらず、その美しい佇まいに目を奪われます。光が差し込む窓の外には一面に広がる田んぼ道。きっと、季節を通して違う色が見えてくるのでは。

店の奥に進むと、ひと際存在感を放つレンガで覆われた薪窯。
その横にはパンがどっさり積まれたショーウィンドウと、食品が並びます。

これらの日用品や食品はすべて、平田さんが実際に使い普段口にしているもの。
わざわざの店に並べる価値基準は「自分たちが使って気持ち良く、食べておいしいと思えるものかどうか」です。

だから、使い勝手や耐久性を、お客様に詳しく伝えることができます。

「耐久性の話をすれば、何十年単位で語ることが出来るモノが並んでいます。」と平田さん。

平田さんはこの日も赤ちゃんをおんぶしたまま、忙しくお仕事をされていました。

「どうして長野にお店を出そうと思ったのですか?」そう質問すると、返ってきた言葉は意外なものでした。

 

そもそも初めは地方でお店をやろうとは考えていなかった。

以前は東京に住んでいた平田さんご夫妻。デートで渋谷のレコード屋さんに足繁く通い、都会での生活を満喫していたと言います。

そんな平田夫妻は、旦那さんの転勤を機に長野に越してきます。最初は東京に未練を感じ、しょっちゅう戻っていたと言います。

それでも市民農園を借りて畑を始めたりしながら、徐々に長野での生活が好きになってきました。

 

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平田さん「ちょうど2人で『もう東京帰りたくないね』って話してた矢先に、また東京に帰らなきゃいけなくなってしまって。そこで、主人に思い切ってこっちの企業で再就職してもらうことにしたんです。なら、家も建てようとなり、景色のいいこの場所に土地を見つけ、建てちゃったんです(笑)」

 

IMGP3310店の前には絶景が広がる。天気がいい日はドライブすると最高ですよ、と平田さん。

それまでの平田さんのお仕事は現在とはまったく違うIT系。

なのに、どうしてパンと日用品のお店を始めようと思ったのでしょうか?

長野に移ってからも、しばらくフリーランスでウェブに関わる仕事をしていた平田さん。1日中パソコンにかじりついている当時の閉鎖的な環境が辛くなり、ITの知識を活かしながらも、何か別のことをしたいと思うようになりました。
そこで、もともと趣味だったパン作りと、大好きな日用品を販売するお店を作ることを決心します。

平田さん「ちょうどその頃に子どもができて出産し、産後すぐに開店準備を始めました。」

産後に開店準備!?それは、とても大変そう……。平田さんは笑顔で話を続けます。

平田さん「大変ではなかったんですよ。楽しくて早くお店をやりたい気持ちでいっぱいでした。今もそんなに大変な感じはないんです。」

わざわざ開業のきっかけを伺ったところで、そのままお話はお店を作った当時のことへ。

全部が全部、「好きだから」はじめたこと

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きっかけがありました。

実は、当初は現在のお店の隣にある母屋の玄関で2年ほど営業をしていました。
そんなときに、東日本大震災が起きます。平田さんはそれまで使用していたガスレンジから、薪でパンを焼く決心をしたそうです。
これを機に、今のお店の建設が始まりました。

平田さん「震災があったときに、ガスが止まってパンを焼けなくなってしまったんです。世の中があんなに大変になって、みんなお腹をすかせてるのに、何も作れない状況に愕然としました。それでも薪を使えばどんなときでもパンを焼けますよね?だから、今はガスを使いながらも、薪メインにシフトチェンジしました。」

平田さんは笑いながら「やっぱり薪で焼いてるってかっこいいし言ってみたいじゃないですか。」と言います。

確かに、それだけで美味しそうって思うのは私だけではないはずですよね(笑)

平田さん「パンを薪で焼こう!と決めたとき、貯めていたお金で現在のお店を建てました。大工さんに作ってもらったのは、屋根や外壁の『枠組み』だけ。あとは全部自分たちで作った、DIYです。」

平田さん「よく古民家ですか?と聞かれることがあるんですが、再利用した材料で建てた新築です(笑)!」

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建築資材の全てを新品で見繕ったわけではありません。昔から使っていたものの風合いが残り、味があるお店の雰囲気を感じる理由は、こういうところにあったですね。今もお金が貯まる度に増築しているそうで、どんどん進化するわざわざのお店。

お店を始めたのも、自分で建てたのも、薪でパンを焼いているのも、すべてが平田さんの好奇心からです。

平田さん「誰かに言われてやってるわけじゃないから、楽しい方楽しい方へと流れているんです。ただ、大きくしていくとその度にひとつひとつ問題がでてくるので、今はそれをしっかり乗り越えていきたいですね。」

それでは、平田さんのおっしゃる「問題」とはなんでしょうか?

 

共感のある仲間を増やすための「仕事体験」のしくみ

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「大変なことはありますか?」と伺うと、迷わずに平田さんが答えてくれたのは、雇用の問題。

パン屋と聞くと、ほっこりしていて穏やかなイメージを持ちがちですが、材料は重く、重労働。朝も早い上に、接客もするので、1日中を立ちっぱなしで過ごすこともしばしばです。

オープン当初からのスタッフは現在一人しか残っておらず、定着率が悪くとても悩んでいると言います。

アルバイトだと待遇が悪いから定着しないのかな?と、社員を募集しますが、それでもうまくいかず。パン屋さんでの経験を持つスタッフを雇用しても、うまくいかず。店主である平田さんと同じモチベーションを保つことがなかなかできないのです。

「わざわざで働きたい」という人は何人もやってきます。
本来は先まで一緒に走りたいのに、わざわざに入ることがゴールになってしまっては、距離がどんどん生まれるだけ。わざわざは少ないスタッフで構成されているので、一人でもモチベーションが低い人がいると、がくんと全体の士気が下がってしまいます。

「何よりも誠実さが大事だと思います。仕事への想いがまっすぐだったり、自分たちと同じモチベーションの人がいいです。」

そう話してくれたのが、取材のときにお店にいらっしゃったスタッフの一人、高木まりこさん。彼女は去年の12月に入社したばかり。

あれ、すでに思いを共有しているスタッフがいらっしゃる!

実は高木さんは、わざわざの「仕事体験」がきっかけで平田さんにスカウトされたそう。

 

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なるほど、ではその仕事体験について、お話を伺ってみましょう。

仕事体験は、スケジュールさえ合えば誰でも試験的に働くことができるわざわざのシステムです。無給ですが、まかないつき。わざわざのまかないを食べてみたくて仕事体験に申し込まれた方もいるんだとか。

平田さん「面接だけでは、表面的なことしか分かりません。一定期間、実際に一緒に働いてみて、お互い気づくことはたくさんあります。その中で私が『ずっと一緒に働きたい』と思った人はスカウトするんです。」

同じモチベーションで働いてくれる人ならば、年齢制限がないのもわざわざの特徴。最近入ってきたアルバイトの方はなんと60代の方です。

平田さん「とにかく明るくて。おはようございます!ってすごいおっきい声で元気よく入ってくるんですよ。そしたら私たちも笑っちゃって、場の雰囲気が和むんですよね。」

 

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仕事体験のしくみを導入してから、最近ようやく平田さんの目指しているスタッフ体制が形になってきたといいます。表面的な面接をするより、実際に一緒に働いた方が、採用側にも応募側にもメリットがある。SNSで経営のことや日常のこと、自分の考えていることを赤裸々に発信するわざわざならではのオープンな雇用の仕組みです。

このSNSといえば、わざわざには発信力に秀でている大きな特徴があります。その特徴について、平田さんに真意をお伺いします。

 

東京から移住し、地方で仕事をする時に有効なこと

「地域おこし協力隊」という言葉が一般にまで広がり、地方創生が注目される昨今。若い世代もだんだんと地方での働き方や生き方に興味を持つ人が増えているように感じています。
いま皆が気になることをわざわざで実践する平田さんは「地方で暮らし、働く」際に大切なことをどう考えているのでしょうか。

わざわざが全国から注目を集めている秘訣は、発信力の高さ。ホームページやFacebookの写真の美しさと、文章の面白さにはファンが多く、実は筆者の私もその一人。
さらに、掲載されている美しい写真は、平田さんご自身で撮られてるんだとか。初めのころに行っていたブログでの情報発信では、何と7~8年もの間、毎日かかさずに更新していたそう!

 

IMGP3361わざわざのランチプレート。畑で採れた新鮮な野菜を使用

 

平田さん「今ってインターネットが普及して、都心と地方の関係がフラットになりつつありますよね。だから、逆に地方から東京を凌駕してみたいというか、勝ちたいと思っているんです。根底にあるのはライバル心なのかもしれません。東京の人って社会が東京中心で動いているように感じている方も多いと思いますが、東京=中央だけじゃなくても、イケるってことをわざわざで証明したいんです。」

最近は、商品や産地などの「背景」を見てモノを買う人が増えている気がします。オンラインショッピングを通して、実際に商品が手元に届いたときに初めて、「あ、この販売元は九州のお店だったんだ!」と気づくなんてことも珍しくはありません。

発信力があれば勝負ができるし、財力がなくてもネットショップとして店を構えることができ、潤沢な資金をもつ大企業と同じ土台に立つことができる。
平田さんの言うように、地方でも戦える時代になりつつあることを感じます。

平田さんいわく、日課であり、趣味であり、結果としてそれが仕事につながっていると言うSNSでの発信。更新作業はつい疎かにしがちですが、地方にあるお店だからこそ、毎日の積み重ねが非常に大切なんですね。

 

_MG_7049-1農家さんから直接仕入れた野菜。こちらもSNSで取引をしています

 

さらに、業者さんとの取引の際にもインターネットが一役買っています。
ITに強い農家さんとは、Facebookのメッセンジャーでの仕事のやりとりもしょっちゅうのこと。また、ホームページの作成は、ご友人の北海道で活動されている夫婦ユニット、「暮らしかた冒険家」さんにお願いをしたんだとか。ここでもインターネットを通じてサイトのイメージを共有できたといいます。

わざわざという地方のお店を取り巻く環境は「IT」に支えられて強固なものとなっています。

 

わざわざがこれから目指す大きな夢

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実は、当初は公園を作りたかったという平田さん。
頭の中で考えているわざわざのこれからを話してくれました。

平田さん「この間不動産屋さんに、200坪くらいある土地があるんですけどどうですかって言われたんです。だから、その5倍欲しいんですけどって伝えたら、すごくびっくりされて(笑)本当に1000坪以上の広さの土地をここ1年半くらい探してるんですけど、全然見つからないんですよ。」

これには驚きました。

地方では、コミュニティをとても大事にする文化があるので、いきなり東京からやってきた人に土地を買われて何をされるんだろう、と警戒されることもあるようです。けれど、わざわざはこれまで地域に根ざしてお店を営んできました。
その信頼の積み重ねから「そろそろ買えるんじゃないかな?」と平田さんは話します。

現在のわざわざの店舗拡大?
それとも2号店、3号店と展開していくのでしょうか。

平田さん「今はオンラインストアと実店舗の2つを運営しています。ですが、おかげさまで在庫を置くために借りている倉庫もキャパオーバーになってきました。手頃な空き家が近くにないので、だったら広い土地を買って自分たちで作るしかないなと思っています。」

そんな大きなことをさらっと言いのけてしまう平田さんの話にさらに引き込まれます。

平田さん「生産体制を整え、飲食、パン工房、事務所の機能を新しい場所に移し、大手のスーパーマーケットのように、色んなお店が入っている複合施設を作りたいんです。たくさんの人を雇って、地域活性にもつながるんじゃないか、施設ができることで若い人も東御市に足を運んでくれるようになるんじゃないか、そう考えているんです。」

もっと東京の人が地方に足を運んで欲しい。そう願う平田さんの近からず遠からずの大きな夢です。

 

わざわざ通いたくなるお店づくりを感じて

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少しずつでも、地方にもこうした発信力のある人が増えていくことがとても大切なことなんだと、取材に行くたびに感じています。

平田さんは接客する際にスタッフに「ここはディズニーランドだと思って!」といつも伝えているそうです。

自らたまに旅に出ては、そこで出会ったものをお店に持ち帰ります。

自分たちで作ったパンは、ほぼ毎日食べています。
取材中、本当に楽しそうに話されていた平田さんを見て、こうやって自分の仕事のスタイルを話せるのってかっこいいなあと素直に思いました。好きだからこそ、妥協もしないし、できないんですね。

次に取材をさせていただくときは、平田さんの次なる夢、『地方のマーケット わざわざ』でしょうか。
これからも、野望とともに大きくなるわざわざに要注目です。

 

店舗情報

パンと日用品の店 わざわざ:長野県東御市御牧原2887-1
営業時間:毎週木・金・土曜日 11:00~16:00


作者情報(一覧を見る)
麻梨子山崎
山崎 麻梨子

セレクトショップの販売員を経て、もっと作り手の想いに触れたいとセコリ百景に参画する。ヒトモノコトを繋げる仕事をすべく東京で奮闘中