富山県の富山市。
ここが近年ガラスのものづくりの聖地になっていることをご存知ですか?
北陸新幹線から降り立ち、改札を抜けると、無数のガラスのピースが床面に埋め込まれていました。街の中にも、ガラス作家さんの作品やモチーフがところどころに点在。
路面電車が走るどこかノスタルジックな富山と、ガラスの澄んだイメージが重なります。
富山市はこうした街のイメージ化だけにガラスを使うだけではなく、若手のガラス作家さんの育成に大きく貢献しているんです。
百景取材班はガラス作家の業界のなかでも「登竜門」と呼ばれる、富山ガラス工房さんに潜入!日本屈指の充実した設備環境を職人さんに案内していただきました。
もくじ
- ガラス文化の未来を担う職人育成
- 吹きガラスの制作工程を徹底レポート!
- 富山ガラス工房からガラス作家への独立の道
- 制作体験を「ものづくりを知る機会」にしてほしいから
- 「まちづくり×クリエイター支援」のひとつのカタチ
ガラス文化の未来を担う職人育成
富山市は、新しい文化の創造と地場産業の育成をめざし、ガラス芸術の振興に力を入れてきました。
昭和60年に「富山市民大学ガラス工芸コース」を開講したことを皮切りに、平成3年には「富山ガラス造形研究所」を設立。将来のガラス文化を担う優れた人材の育成にも本格的に取り組んでいるそうです。
お邪魔した「富山ガラス工房」は、その取り組みの一つとして平成6年に開設。地元のガラス作家さんの作品販売などを通して活躍を支援する一方、平成9年にはガラス作家の独立を支援するための「個人工房」も建設し、単なる観光産業では終わらない、多角的で長期的なものづくりの見通しをもって運営されています。
富山ガラス工房に勤めるみなさんは「職人」ではなく「作家」と呼ばれます。
一般の方向けにつくられる製品も、「商品」ではなく「作品」。
作家育成に対する細やかな支援の体制は、こんな表現の端々にも現されているのかもしれません。
今回の取材に応じてくれたのは、ガラス作家の内田悠介さん。
内田さん「富山ガラス工房は、全国のガラス作家にとってのいわゆる『登竜門』のような存在です。職員としてガラス作品づくりに携わりながら、作家活動の支援もしてくれる環境はとても貴重。僕自身も入社するまでは憧れのような場所でした。今も日々充実した制作活動に満足しています」
ガラスの廃材を地面に散りばめるなど、施設自体にもこだわりが満載
内田さんをはじめ、ほとんどの職人さんが、富山ガラス工房に訪れた人向けに販売する作品づくりをする傍ら、個人での作家活動にも精力的に取り組んでいるそうです。
ギャラリーショップからは一般の方でも窓越しにガラス作品づくりを目にすることができますが、今回は特別に工房内に案内してもらいました!
吹きガラスの制作工程を徹底レポート!
大きな窓から、制作の様子を見学できます。お子さんも喜びそう
ガラス作品には、まず型でつくる方法があります。
私たちの生活に馴染みがあるガラス作品は、この製法によるものがほとんど。生産効率も高く、価格の安い商品をつくれます。
しかし一方で、今回追いかけるのは吹きガラスの作品。
こちらは表面のなめらかさや風合いが特徴で、日ごろ使用しているガラス作品とは別格です!硬いガラスが、手に持つと不思議と肌になじみます。
手のかかった吹きガラスの作品ができるまでの工程を、ガラス作家である内田さんに見せてもらいました。透き通るガラスがくねくね、ぐるぐる形を変えていく様子を写真でごらんください〜!
今回は実演していただいたのは、こちらのグラスを作る工程。
青い曲線のラインがとってもきれい。こんな模様、どうやってつくるのでしょうか?
これがガラス作品の素となる硅砂(けいさ)。これに複数の化合物を加え、溶解炉で溶かします。
まずは、「吹き竿」と呼ばれる長い鉄製の棒に、高温でドロドロになったガラス(タネ)を少量巻きつけます。今回は青い模様の入った作品をつくるので、タネとなるガラスに、青く着色したガラスの粉をつけていきます。
こちらの工房には、タネ用のガラスが溶けている「つぼ」と呼ばれる溶解炉が2つあり、半年に1回、片方ずつメンテナンスをしているそう。
内田さん「メンテナンスのとき以外はずっと高温でガラスを溶かし続けていて、夜もこの工房から火が消えることはないんですよ」
吹き竿の反対側から息を吹き込み、丁度よい大きさまで膨らまします。 今回は模様付きなので、専用の型に入れて形を整えるとこんな感じに。よく見ると表面が凸凹していますよね。これを、さらに平らにしていきます。
綺麗なので触らせてみてもらいたいところですが…そんなことしたら大変なことになります。(笑)
ガラスは約1300度でドロドロに溶けます。
制作中は、様子を見ながら溶解炉で少しずつガラスを温め、変形しないようにぐるぐる回しながらの作業が続きます。この溶解炉の中の温度は約1200度。これが何台もあり、数人の作家さんが一度に制作を行うので、工房内は溶解炉の温度でぽかぽかしています。夏場は汗だくになりながらの作業になるそうです。
溶解炉から出し、成形しやすい温度まで下がったら、濡れた新聞紙で形を整えていきます。
「赤い色素が入っているのかな?」と思う程真っ赤になっています!
相当な高温で、火傷しないように注意が必要です。
引き続き、抜き竿をぐるぐるまわして上に向けたり、下に向けたりしてガラスの形を整えながら、途中で息を吹き込んで適当な大きさにしていきます。
ここで新しい道具の登場!
この道具は「ジャック」といい、平らな背の部分を利用し、まずグラスの底の部分をつくります。
次は、さらに高度な技術が必要な場面です!吹き竿とガラスの接続している向きを変更します。別の竿にガラスのタネを取ってきて、先ほど作った底の部分にくっつけます。
そして、反対側の接続部分を切り離します。
今までつながっていた吹き竿の根元を「ポン」と叩いて切り離すのですが、今にも割れてしまいそうで見ていてドキドキ…力の加減にもプロの技が見え隠れ。
反対側に穴を開け、グラスの飲み口の部分をつくります。
この変わった円錐形の道具は「パファー」。
先端から息を吹き込みながら形を加減していきます。名前からして、まるで楽器みたい。
今度は先ほど底の部分をつくったジャックの「ブレード」と呼ばれる先端部分を使い、飲み口の部分を少しずつ広げます。だんだんグラスの形になってきました!
吹きガラス作品の代表的な特徴のひとつは、このブレードでガラス表面を整えた跡があるところ。
少しでも右手がぶれると、ここまでの作業が台無しです。陶芸のろくろと同じで、ガラスがぐにゃぐにゃに…。気の抜けない作業がまだまだ続きます。
ではここで、グラスの口部分をつくる作業の動画をご紹介。
ガラスの形が歪まないよう、手早く吹き竿を回しつつ、右手で様々な道具を扱い、慣れた手つきで次々と工程をこなしていきます。
最後に商品のサイズを確認したらもうすぐ仕上げ!
形ができたら吹き竿から切り離し、接続部分をバーナーで熱してなめらかに。最初の見本と見比べてみてください。形も模様もほぼ同じ!作家さんの驚きの再現性です。
そのあとは、こちらの除冷呂(じょれいろ)で他の商品と一緒に冷却して完成です!
急激に冷ますとガラスが割れてしまうので、形ができあがった段階の約500度から、ひと晩かけてゆるやかに常温へと冷やしていきます。
【番外編】
「こんなこともできちゃうんですよ」と内田さんが見せてくれました!
溶けたガラスはまるで飴細工のよう。
ビョーンと伸ばしたガラスは、冷えるとこの形のまま固まるんです!…ということは、実際にものづくりをする際にも、少し形が崩れてしまうとそのままの形になりかねません。気の抜けない作業なんですね。
作家さんの研ぎ澄まされた感覚こそがモノを言う作業に、百景取材班の「すごい」の声が止まりませんでした。
そしてこの作業、説明用にもろもろ省略してもらっても、約20分もの時間がかかります。工房内の整備や材料の用意など、制作以外にもやることはたくさんあるので、一人の作家さんが1日に生み出せるガラス作品の数にも限りがあることがわかりますよね。必然的に、値段も機械でつくったものよりも高価になります。
富山ガラス工房からガラス作家への独立の道
案内してもらった工房の奥には、レンタル制の個人工房がありました。個人で活動をするガラス作家さんたちに、作品づくりの場所を提供しています。
ガラス作家として独立して食べていくというのは、そう簡単なことではありません。ましてや工房を開設するのには、莫大な費用が必要になるのは言うまでもないことです。
内田さん「僕もゆくゆくは自分の工房を持ちたいと思っています。でも、ガラスの作品制作に不可欠な溶解炉などの設備をつくるにはコストもかかります。ある程度ガラス作家として作品の販路が見出せてからでないと…」
作品の販路を見出すためには、作家として世の中に評価される場がなくてはなりません。
富山ガラス工房では、こうした機会を数多く用意し、内田さんのように働きながら活動を続ける作家さんの支援を積極的に行っています。
ギャラリーショップは色とりどりのガラス作品がたくさん
こうして、富山ガラス工房出身の作家さんの中にも、名誉ある賞を獲得して、国内外で活躍している方もいらっしゃいます。
内田さん「日中に富山ガラス工房で販売するためのガラス作品をつくりながら、ふと自分の発表用の作品のインスピレーションを得ることも少なくありません。表現や技術の練習になるし、ここで働きながら作家活動ができることはすごくありがたいんですよ」
まさに、富山ガラス工房と作家さんのwin−winな関係性が成り立っているんですね。さらに、同僚もみんな作家活動をしているとなると、お互いによい刺激にもなるそうです。
また、富山ガラス工房に入社するのには、面接と実技の試験をクリアする必要があります。「登竜門」と呼ばれるだけあって、それはそれは緊張する雰囲気なのだそう。
内田さん「実技試験では、実際にガラス作品をつくる様子を十数人のスタッフがズラーッと並んで見ているんです。あれはものすごく緊張しましたね…。吹き竿を持つ手が完全に震えました(笑)」
そんな緊迫する採用選考でも、決め手となるのはなんと「人柄」だそうです。技術力は後からでも付いてくるけれど、仲間同士や組織で支え合えるかどうかはその人次第ですもんね。
「全員が同じレベルで制作ができるわけではないからこそ、作家同士で得意な作業を教えあったりもしています」と内田さん。
こうして、相乗効果で職人さんたちの技術が上がっていく仕組みが工房内でできているんですね。個人で制作をしていると他の作家さんと作業をすることは少ないので、富山ガラス工房がいかに貴重な環境なのかが改めて分かります。
内田さんは富山ガラス工房内の、一般の制作体験のエリアにも案内してくださいました。
制作体験を「ものづくりを知る機会」にしてほしいから。
内田さん「一般の方にも本格的な制作体験をしてもらおうと、富山ガラス工房ではデザインから参加者のみなさんに起こしてもらうんです。」
吹きガラスの制作体験ができる場所は、観光地などにもたくさんあります。
しかし富山ガラス工房では、行楽目的だけではなく、しっかり知ってもらおうとする力の入れようです。一人の体験者さんに対してスタッフが2人しっかりつき、本格的なガラス作品の制作をサポート。
デモンストレーション用の大きなスペースも併設しています。
海外の著名なガラス作家さんを招いて、制作の様子をライブで見学するイベント等も開催されていて、ガラス作家さん達にとっては重要な情報ハブの役割を担っていそうです。
天井が高く、後ろには座席スペースが広くとってあります
まちづくり×クリエイター支援のひとつのカタチ
単なるまちづくりの一環としてのガラス産業ではなく、その垣根を超えた「産業全体」の支援体制が整っていることが富山ガラス工房のすごいところ。「まちづくり×クリエイター支援」のカタチを体感させていただくことができた今回の取材。
若い年代の作家さんたちが、真剣にお仕事している雰囲気も印象的でした。ものづくりにとって、仕事をする環境の良し悪しとバックアップ体制は作家育成や作品自体に大きく影響を与えるもの。
富山ガラス工房のような仕組みが、ガラス産業だけでなく、さまざまなものづくりの分野に応用できたら、日本のものづくりの活性化と作家さんの育成を加速させるひとつの策につながるのかもしれません。