東京世田谷にショールームを構えるニット工場の和田メリヤスさん。生産拠点の和歌山工場を訪問しました。
100台以上の、縦にすらりと伸びた機械が工場内に一堂に会する景色は、まるで紀州の深い森の中に迷い込んだようにも感じます。
「吊り編み機言うても、今のままじゃだめと思ってる。」
和田メリヤスの社長である和田さんは、高度成長期に社会が生産性を求め投げ捨てた、ニット生地を編む吊り編み機に商機を見出し、今現在もコンコンと湧き出るアイディアで新しい「編み」を生み出しています。
和歌山のこと、日本のこと、歴史のこと、科学のことーーー
ものづくりをベースとした、知識・経験が交差する和田さんの頭の中で、次に編み出されるアイディアとは?
「一年くらい休ませてくれたら、今まで誰も見たことない吊り編み機が開発できるで。」
創造溢れる和田さんから出てくる言葉は、聞いているだけでワクワクして好奇心をくすぐられます。
和田さんの頭の中を覗いて、ものづくりの未来の姿を探しに行きましょう!
※吊り編み機・・・旧式の編み機で、高速の丸編み機に比べると生産効率で劣る。しかし、これで編み立てた生地は独特なやわらかい風合いを持ち、10年経ってもへたらないと言われる。
もくじ
- 和田メリヤスの現場の社長が語る、和歌山の魅力
- 潜入!貴重な和田メリヤスの吊り編み専門工場
- 吊り編み機で見たことのない新しい編みを
- シンカー編み機と吊り編み機の違いって?
- 知りたい事をとことん追求する好奇心が源です。
- こんな技術知ってますか?和田さんの未来のものづくり小話。
- 和田さんの頭の中で繋がる知識と知識。和田メリヤスの次の打ち手
- 日本のものづくりってどうなると思いますか?
和田メリヤスの現場の社長が語る、和歌山の魅力
和歌山県に工場を構える和田メリヤスさん。まず始めに和田社長の口から飛び出だしてきたのは、和歌山の溢れる魅力でした。
「亀の子たわしは和歌山発祥で、和歌山の海南市では今でも昔のものづくりの伝統を守り、たわしを作っているところもあるんです。海南市は生活雑貨の生産量が全国的に見ても有数なんですよ。あとは、あのぐるぐる巻きの蚊取り線香だって和歌山発祥です。昔ながらの醤油も有名やけど、かつお節も和歌山県発祥なんですよ。今では全く作ってないけどね。」
「和歌山発祥のものはたくさんあるんだけども、和歌山の人は人がいいんでみーんな教えてしまうんよ。」
日本人の僕たちも和歌山については知らないことだらけ。食べ物のきしめんも、もとは”紀州麺”が由来の様です。和歌山県といえば梅干しが真っ先に頭に浮かびましたが、他にも沢山の名産品や、出自があるんですね。
では話を繊維に。
大正時代、和歌山には3000人体制以上の紡績・織布工場が複数存在したそうです。
そんな中、和歌山市域はメリヤスの生地生産で国内の一大拠点となっていました。高度成長期には丸編みの生地が全国の市場でも4割以上の占有率を誇りました。記録では、昭和45年ごろの出荷額で、メリヤスの生地は160億円以上の規模を誇りました。
そもそも、なぜこの地に特徴のある吊り編み機が根付いたかというと、100年以上前の明治の終わりごろ、アメリカにあった中古の丸編み機を和歌山の人がこの地に持ち帰ったことでした。
その後、編み機はアメリカやヨーロッパが効率性を求めて機械を改良していたのに対し、和歌山では品質を重視し、世界の中でも独自なものへと進化していきました。当時でも僕たち日本人は品質を求める国民性の様です。
さっそく、現存する国内唯一の吊り編み機専門工場の中を探検しに行きましょう!
※メリヤス・・・ニット(編み)の生地のこと
潜入!貴重な和田メリヤスの吊り編み専門工場
「吊り編み機がゆっくり回るってよく書いてあるけど、あれウソなんよ。編むのは最新の機械より早いで。」
一歩工場に立ち入ると、一斉に忙しく回る吊り編み機たちの姿が目に飛び込んできます。
アイススケートのスピンをする様にくるくる廻っています。音は忙しそうな動きに比べるといくらか静かです。
この工場、写真を見て頂くと、小さめの体育館程の広さはあります。
しかしなんと、月あたりの電気代が4万円しかかかっていないそうです。工場の電気代が月に4万円足らず…。
なぜそんなことが可能なのでしょう?
ここには和田さんの工夫が満載です。まずはソーラーで自家発電をしていること。さらに、和田社長自らがセットした2つのタンクをもつコンプレッサーを通し(※コンプレッサーは空気の出し入れを切り替える際に一番電気を使うので、タンクを大きくして切り替え回数を半分にしている。)ていることです。
さらに列ごとのモーターをベルトで繋ぐことで、その列全ての吊り編み機を動かしていたり。
吊り編み機の話を先に進めて行きましょう。
吊り編み機で見たことのない新しい編みを
天竺(てんじく)や裏毛だけではなく機械をカスタマイズさえすれば、どんな編み方でも出来るのが吊り編み機です。
※天竺・・・天竺編み(メリヤス編み)とも言い、ニットの編み方でもっとも基本的な編み方。
編み方を独自開発をし、変わったものを編むことができれば、市場の中でも貴重な生地を作ることができます。
そんな発想は、まだ先代が工場長であった頃に、この和田さん自身が工場に持ち込んだ発想でした。先代であるお父さんは、昔気質な職人さんで、『いいものを作れば売れる』考え方でした。しかし和田さんも負けず劣らず、「こうやれば絶対に新しいものができる!」と大げんかを良くしたそうです。軋轢を生みながらも、徐々に和田さんの考えが浸透しはじめ、和田メリヤスは新しい編みの挑戦を始めます。こうして当時、まだ日本にはなかった両面パイル等新しい生地を続々と生み出していきました。
「他のニッター(※ニット工場の人たち)さんも、もう編みの生地は出尽くしていると思ってる人多いんじゃないかな。そもそも機械屋さんがどうにかせんと、これ以上新しい編み方はできないと考えている人が多い気がする。」
「でも、私は今現在でも新しい編み方はいくらでもあると思っとる。」
シンカー編み機と吊り編み機の違いって?
現在、吊り編み機の代わりに業界で使用されているものはシンカー編み機です。これも丸編み機で、文字通り円形に生地を編んでいく機械なんですが、生産効率は吊り編み機に比べ100倍にもなります。
「シンカー編み機では、商品を買った直後は吊り編みと同じような風合いでも、二回洗えば全然違いが分かる。」と和田さんは言います。
吊り編み機の特徴としては、糸にほとんど負担がかからないことが挙げられます。
シンカー編み機では糸に対してひっぱる力が掛かりますが、吊り編み機では糸に負担が少なく、糸を編む針にいたっては動きもしません。針のまわりが、針を引っ掛けたり、頭を抑えたり、全部やってくれます。
「吊り編み機では、針は王様みたいなもん。」
動かずに、じっとしているだけで、周りが次々と糸をひっかけて編みこんで行ってくれるからです。ここがシンカー編み機とまるっきり逆の構造なんです。
この吊り編み機の特徴により、ふんわりとした生地を編み出すことができると言います。ちなみに、シンカーが市場に現れた当時の数字で、破裂強度がシンカー編み機は3.5kg、吊り編み機は7kgの倍にもなったそうです。強くしなやかな生地とはまさにこの吊り編みの生地のことを言うのかも知れません。
※破裂強度・・・風船を膨らませてどれくらいの膨張に耐える事ができるかを計測したもの
それでも、バブル時には日本国内でも量を追い求める結果に。
シンカー編み機と吊り編み機では実に”工賃で5倍、生産量で20数倍”つまり100対1くらいの差がありました。
「そんなん考えたら、ふつう誰でもそっちいくやろ。」
和田さんはそんな世間の流れを横目に、機械の特徴を比べ、「シンカーではあと何年経っても、吊り編み機の品質には勝てないだろう。」と確信し、吊り編み機一筋で工場を運営していく事を決断します。
そしてこの決断は、貴重な吊り編みの専門工場としての今の和田メリヤスの立場をつくり上げることになりました。
知りたい事をとことん追求する好奇心が源です。
吊り編み機に使用する部品の多くは海外の注文品。ドイツなどから取り寄せます
希少な吊り編み機を自分でカスタマイズし、とことんいじり倒す和田さん。
「機械いじりに関しては、私なんかは素人に毛が生えたようなもんやけど、プロの人にはできない発想できるで。」
取材中も細かい工夫の仕方で工場内の問題を解決してきた術を話てくれた和田さん。
既存の発想に縛られず、プロの頭ではできない様な柔軟な発想をする。和田さんの発想はどこからくるのでしょう?
これは、ある日のエピソードです。
「食べて行きやん」
二人目の子供ができることから、和田さんご夫妻が生活に危機感を持ったことがきっかけでした。
この時の奥さんの判断がスゴイんです。普通であればもっと働いてくれと檄を飛ばすところですが、奥さんは和田さんに「わたし仕事するさかい、あなたは勉強して。」と話したそうです。このひと言が、現在の和田さんの機械研究と勉強熱心さにさらに火を着けました。
奥さんは「みんなが同じように考えていたらどんぐりの背比べになるでしょ。そんな中に変わった発想する人がひとりでもいればガラッと流れが変わるかも知れないでしょ。」と話します。
「やっぱり会社やるんなら、ただものをつくり続けるだけではなくて、経済やタイミングを考えないといけないやろ?一度勉強し始めると、仕事の後でも、朝まで勉強してた。」と和田さん。
もともと研究や勉強が好きであったので知識をどんどん吸収していきました。
なんと、営業術の向上用に勉強机に人相学の本まで持ち出したそうです。飽くなき探求心でたゆまぬ努力を5,6年続けた結果、やっと会社がお客さんから仕事の話が来るような構造に変わって来たと言います。
この時をきっかけに、コンピューターや、歴史、様々な分野に手を伸ばします。和田さんの発想は多岐に渡る教養の中から生れているんです。
こんな技術知ってますか?和田さんの未来のものづくり小話。
和田さんって、やっぱり『編み』が好きなんですか?
うーん。いや、編むことが好きっていうよりも、自分であれこれ考えて、ものをつくることが大好きなんよ。昔っからね。
なるほど。そのあくなきものづくりへの探求心がこの和田メリヤスの技術を支えているんですね。
知識を蓄え、実際に活かし、経験へと変えていく和田さん。
その和田さんのアンテナは未来の技術にまで触手を伸ばしています。そんな、日本のものづくりを支える地方工場の社長さんから、ワクワクするような未来のものづくりの話をして頂きました!
ここからは和田さんが案内する、未来の世界の旅へのご招待です!
未来の技術その① 透明マント
もう透明マントってできてるんよ。ここに物体があるということは、光が反射して見えているということやろ。
で、そこにマントかぶせるんよ。マント被せてこの光の反射を曲げるんよ。そうすると物体はここにあるままでも、見えなくなる。今の技術ではまだマント被って、動いたら見えてしまうらしいいけども。
えっ。光が歪んだりはしないんですね…
透明マントはアメリカやカナダの研究機関や企業で実験に成功したとされていて、今はまだ極小のサイズでの成功の様ですが、ここから拡大し将来的にはマントの大きさで開発することも可能と言われているようです。
未来の技術その② 瞬間移動
日本の最先端はすごいんよ。1秒の1000兆分の1が1フェムト秒、1秒の100億分の1の、もう100億分の1が1アト秒なんよ。最近聞いたのが、そこまで制御する技術が日本の東大の人が作ってるらしい。これで何ができると思う?
そんな想像もできない細かいところまで制御してどうするんですか?全然わからないです。
まず、ここにある物質を分子レベルと原子レベルまで分解するんやって。で、それを移動したい先に転送して同じ物質でまた組み立て直すんよ。そうすると理論的には瞬間移動になるやろ?そんな時代も来るかもわからん。みーんな地球上にある物質で、できてる訳やからね。こんなんも想像できないけど、実験進んでるって本に書いてあったで。
ものならいいけど、人間だったら心ってどこに行くんでしょう……。
未来の技術その③ 3Dプリンタ
先のお話は、まだすこし先の未来の話ですよね。いま現実的に使用できそうな技術で、和田さんが一番注目しているものはズバリなんでしょうか?
それは3Dプリンター。
なるほど。もうファッション業界でも早いところは試験的に取り入れてるって話も聞きますね。
3Dプリントで編みができるかもしれない。くさりができるってことは理屈的には編みもできるな。材質は今は綿では無理かもしれんけど、ポリエステルとかであればできるんじゃないかな?私なんかはなんでも編みの発想で考えるさかい、この技術はまんざらでもないで。
この3Dプリンターって元々は日本人が考えたんやで。海外で広まっただけど、生まれは日本。日本の技術ってすごいで。今では3Dプリンタの価格も下がってきた。これからは、夜のうちに3Dプリンタでプログラムやっといて、朝起きたら編物ができてたりとか、そんな世界になるかもわからんで。
中にはもうすでにできている技術も多く、セコリ百景一同はびっくり。
隣で聞いていた若干24歳の山越も「未来に置いて行かれる」と怯えていました。
和田さんの頭の中で繋がる知識と知識。和田メリヤスの次の打ち手
これは和田メリヤスの丈夫でしなやかな生地を使用したからこそできた、オールハンドメイドのぬいぐるみ。作家のTANEさんの作品で「ハートウォーミング賞」を受賞
沢山の未来の技術の話を聞くことができましたが、そんな研究熱心な和田さんが考える、秘蔵の吊り編み技術が存在します。これが和田メリヤスさんの次なる布石だとか。和田さんはこの未だ公開されていない未来の吊り編みについてこのように断言します。
今開発中の装置は今までの吊り編み機とは全然違うで。一年あれば今までに世の中になかった様なものができあがるんよ。もう自分の頭の中にはちゃんとできあがってるから、確信はある。普通とは違う発想で考えたからできたんよ。この新しい吊り編みの話も、何を言うてるかは普通は分からんと思う。
!!全貌が気になります!
この技術のもととなる機械を見せて頂きましたが、撮影は出来ません。楽しみにしておきましょう。
でも、そんなんことばっか考えてたら、楽しいで。
和田さんは新しい技術を生み出すことを心の底から楽しんでいる様です。子供の様に無邪気な目をしていました。きっとこんな人が、日本のものづくりを支え、今までになかった新しい技術を生み出すんだろうなーと。
必然的に新しいものを生み出さないといかんと思ってます。今もいくら吊り編みうんぬんだって言っても、この状態がいつまで続くか分からんし、危機感があるんよ。
いつまでも現状にあぐらをかくつもりはないということですね。先ほどの新技術もですが、今後の和田メリヤスはどういった方向に進むのでしょう?
ファクトリーブランドってものが、当たり前になるんではないかな。製造直販ってやつね。なぜかというと、卸にすると、どうしてもお客さんには高い品物になってしまう。確信とまでは言わないけれど、そうなるんちゃうかなって思ってるので、こっから一年は和田メリヤスも力を入れていきたいと思います。
「和田メリヤスで検反するのはいつも私でしょう。いつも検反しながら、こんな生地でTシャツつくったら気持ちがいいだろうと思ってました。これを普通に他で製品にしたら高くて買えなくなってしまうでしょ。だからうちで製品作れればいいなとずっと思ってたんです。」と奥さん。
3年前に始めたファクトリーブランドですが、もう15年前から温めていた構想なんですね。これからの動きに注目ですね。
日本のものづくりってどうなると思いますか?
最後に、和田さんに日本のものづくりについて聞いてみます!
最近では、日本のものづくりに対して悲観的な見方をする人が増えていますよね。それでも和田さんの話を聞いているとワクワクして未来に希望があると感じます。
まだまだいけると思っとるよ。それに日本の消費税はあげなくてもいいと思ってるんよ。なんでだと思う?日本の特許あるやろ。日本の特許料収入って1998年から全世界に対して黒字なんやで。ドイツもアメリカも日本の特許がないとやっていけない。こんなんうまくやれば消費税なんていらないんちゃうかな。
全世界に対して!すごい国ですね、日本って。
日本は研究開発費にものすごいお金を使ってるんよ。他の国はそこまで使ってない。ノーベル賞の受賞も多いやろ。そもそもなんで日本って研究開発に熱心だと思う?
なんでだろう。国民性ですかね……。
これは本で読んだ話やけど、日本は世界一自然が厳しいところなんよ。地震、津波、台風、火山、最近では竜巻まである。日本一つで全部の災害があるやん。災害が多いから、日本では、いたわっていかないと生き残れんのよ。自然と共存しないと。だから研究開発が盛んだと言われてるんよ。日本のビルは海外でも通用する。アメリカのエンパイアステートビルなんて日本に建てたら壊れるで(笑)そして耐震技術も世界一。あとは、『ちきゅう』って船をみんな知ってます?地球深部探査船なんやけど、あれは、波があっても全然動かんのよ、完全に静止しとる。そうしないと正確に海底を掘ることができんから。こんなん他の国にはないで。
日本人は自然を征服するのではなく、共存する方法を考えますもんね。
日本って研究すればするほど、すごい国やで。自信でるやろ?
みんな、日本で二番目に高い山って知っとる?
二番目に高い山ですか……。槍ヶ岳とかですかね?
南アルプスにある北岳。何が言いたいかというと、金メダル以下はあまり話題にならないんよ。だからなんでもかまへんさかい、一番にならんとって常々思う。
そうでうよね。なかなか二番目以降は思い出せませんもんね。
和田さんはさながら和歌山のエジソンみたいです。
話は吊り編み機から未来の話まで飛躍しましたが、こんな魅力溢れる和田さんが作る吊り編み機がおもしろく、独自性溢れるものでない訳がありません。
和田さんの発想と技術でこれからの日本の生地づくりに一体どんなインパクトを残してくれるのでしょうか。
取り急ぎ、新技術開発のために和田さんに一年間の時間をあげたい気持でいっぱいです。