人とのつながりを大事にすることで、質の高い製品を生み出し、さらに周りの人々の価値観をも変える。
そんなモノづくりの可能性を目の当たりにすることができました。

体験もさせてもらって感じたのは、職人さんにはなれなくても、もっともっと私たちはモノづくりに触れることができるってこと。
そこから学ぶことも、たくさんありそうですよ。

今回お邪魔したのは、デザイナー山崎義樹さんとの共作で生まれた
スタイリッシュな生活道具の「Onami」を製作する、相和シボリ工業さんです。

ヘラ絞りとは?

神奈川県川崎市の溝ノ口駅から少し離れた住宅地にひっそりと工場を構える「ヘラ絞り」の相和シボリ工業さんは、
社長の大浪忠さんと、奥さんの美津江さん、長男で工場長の友和さんの3人による家族経営。

ヘラ絞りとは、1枚の金属板をろくろよりもさらに高速回転させた金型に押し当て、
形を作ることで製品を生み出す技法のこと。
金属をヘラ(またはローラー)で絞り上げるように成形していくことから、この名前がついているそうです。

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【素材となる金属板。これが、職人さんの手によってさまざまな製品に形作られていきます】

 

機械での加工方法はこのあと詳しくご説明しますが、
ヘラに伝わる感覚で力を加減しながら加工する必要があるため、
全ての工程を完全に機械化するのは難しいのが実情。
今でも熟練の職人さんの人力によって直接金属を成形していく「手絞り」という方法もメジャーです。

 

その中でも同業社の仲間に「そんなに急に脚光を浴びてずるい!」なんて冗談交じりに言われる、相和シボリ工業さん。

しかし、そうなったのもやはり理由があってのこと。

新しい挑戦へと踏み出した一家の物語が、
取材を通して見えてきました。

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「事務所もないもので、せまくてすみませんね……」

なんて気遣っていただきながら、
ご家族のあたたかい対応にセコリ百景の大滝(以下、大滝)とふたりで恐縮してしまうばかり。

機械や道具がぎっしり詰まった工場の入り口に椅子を並べて、
3人そろってお話をしてくださいました。

はじめの1歩

「そもそものきっかけは『テクニカルショウヨコハマ2011』で、川崎市のブースをふらりと覗いたことでした。
そこで市の職員さんと知り合い、『一緒に何か作らないか』と話を持ちかけてもらったんです」

と語るのは友和さん。

ヘラ絞り工場は日本にたくさんありますが、そのほとんどが、
大きな機械のパーツなどを大手企業からの委託で製作することを生業にしています。

相和シボリ工業さんも、決して例外ではありませんでした。

「このまま企業からの発注を待っている受け身の状態では、
いつか工場が衰退していってしまう……」

2代目として会社の行く末を案じていた友和さんは、
なんとか戦っていける方法はないかと、模索していました。

そんな前向きな姿勢が、川崎市の方の目にとまったのでしょう。

「そこからの3年間で、相和シボリ工業の歴史が、大きく変わりました」

ひとつめのプロダクト

まずは、「ステンレスに漆を塗ることは可能か?」という好奇心から、
川崎市のバックアップをもとに、職人たちのコラボレーション商品が生まれます。

 

それが、「金胎麗漆」(きんたいれいうるし)シリーズ。
プロダクトデザイナー平川貴啓氏によるデザインのビアタンブラーに、
小林研業さんの磨き、漆工芸家の垣沼旗一(一舟)氏の漆加工と、
最高峰の「業(わざ)」と「技(わざ)」が融合したプロジェクトです。

 

「小林研業さんは、世界的にもiPodの鏡面研磨技術が有名で、テレビ番組で特集を組まれることもあるほどの『磨きのプロ』。また、垣沼さんの漆の加工技術は、日本中探しても右に出る人はいないんじゃないかというくらいの神業です。本当にすごい人たちがこの製品づくりに関わっているんです」

目を輝かせながら他の職人さんたちをたたえるご一家ですが、
この曲線を描いた形状をヘラ絞りで実現するのも、
かなりの熟練技が必要になるそうです。

 

_MG_8296(商品名:金胎麗漆層文)
金属に塗る漆は、木の場合と異なって少し明るく透けて見えるのが特徴。
また、表面がつるつるに磨き上げられた金属にぴったりと密着させ、
漆がはがれてこないように塗るのは、並大抵の技術では実現できないそう。
使いこむほどに手の自然な油が漆になじみ、あたたかみのある色合いに変化していきます。

 

_MG_8303(商品名:金胎麗漆炭粉蒔)
漆以外にも、日本古来の色味にこだわって着色したシリーズも。
こちらはお盆の底の加工に用いられる、日本古来の滑り止めの技法を採用しています。
炭の粉を表面に施すことで生まれる、ざらざらした肌触りが特徴です。

 

これらのコラボレーションをきっかけにして、
現在、さまざまなショップやメディアから注目を集める
もうひとつのプロダクトが誕生します。

『Onami』の誕生

「川崎市のデザインコンペに協賛企業として参加した際、
山崎さんのプロダクトデザインに惹かれたんです。
そこで話をしたところ、お互いに意気投合して。どちらからともなく、
一緒にブランドを立ち上げようということになりました」

それから程なくして、「Onami」が誕生したそうです。

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【Onamiのタンブラー。着色によって質感を変えているそう】

従来のヘラ絞りでは消されていた、「ヘラ目」をあえて残すことで、
一つひとつ趣の少しちがった形になるのが特徴。
ひと目ではステンレス製にとても見えない着色には、
山崎さんの住む富山県の伝統的な技法を採用しているんだとか。
飲み口がなめらかで、購入した人は大絶賛だそうです。

「類似品がこのあと出てきたとしても、絶対にまねできないと思います」
友和さんが力説してくださいました。

とはいえ最初はお互いの力を出し合って、利益ゼロの状態からのスタート。
それでもプロダクトへの熱意を持ち続け、
「Onami」として目指していた「ててて見本市」への出展を見事達成しました。

そこで、想像以上の大反響を獲得することができたそう。

※ててて見本市・・・「作り手」「伝え手」「使い手」をつなぐことを目標に掲げ、さまざまな手仕事・手工業品を「作り手」が「伝え手」に伝える見本市。「Onami」が出店した2014年開催時には、48組もの作り手が参加。

_MG_8361【後ろに見えるローラーで、手前にある金属板を徐々に形取っていきます】

「それからは本当に大忙しでした。松屋銀座さんで開催された『手仕事直売所』への出店依頼をいただき、そこで直接お客さんが『Onami』の商品を買ってくれるのを目の当たりにすることもできました。
商品は決して安くはないのですが、中には数万円も出して10個とか買っていってくれる外国の方もいて。さすがに作り手の自分でもびっくりしました」

でもそのときに、価格ではない、こだわりの詰まった製品の市場価値を
あらためて感じとることができたのだそう。

そんなお話に心を打たれていると、

「やってみます??」

なんとありがたく、私たちもヘラ絞りを体験させていただけることに!
と、そのまえに、友和さん自らヘラ絞りを実演して見せてくださいました。

 

 

厚さ2㎜のアルミ板が、みるみるうちにコップの形へと変貌していきます。
でも、これだけだと難しさがわからないですよね……?

 

では、私たちが実際にやってみた結果をご覧ください↓

_MG_8370【左:大滝作その1 中:大滝作その2 右:山越作】

念のためいっておきますが、素材は全て友和さんが実演してくださったものと同じ大きさ、厚さのアルミ板です(笑)。

機械を使用しているとはいっても、素材となる板を成型するためのローラーは、
バーを手動で操作しながらの微調整が必要。

強く押さえつけすぎてしまうと大滝作その1のようにばりばりになってしまうし、
だからといってローラーを押し当てたままのんびり伸ばしてしまうと、
山越作のように表面が薄くなってしまうし、加減がすごく難しいんです……。

でもほんと、奥さんがおっしゃった様に、実際に体験させていただけると
たのしくって子どもみたいにはしゃいでしまいました(笑)。

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この行程を、「Onami」シリーズではアルミよりさらに堅い
ステンレスを材料にして行うというので、難しさもひとしおです。
今回の厚さ2㎜のアルミ板よりさらに薄い1,2㎜のステンレス板を使用するにも関わらず、堅さのせいで跳ね返りがあり、ローラーを傷つけてしまうこともあるそう。

しかも、一般的なヘラ絞りと違ってわざとヘラ目を出すためには、
ローラーを手早く動かす必要があります。

何度も絞ることは金属の劣化につながるので、
一度に強い力をかけて、型にしっかりステンレスを密着させなければなりません。
「そのせいで、型の方にまでヘラ目がつくこともしょっちゅうですよ」

どれだけの神経と力を使っているかが、なんとなく想像できますよね?

ここまでの工程でも、素人の私にとっては十分大変な作業に見えますが、
本当に一番大変なのは、ここから先の磨きの部分なんだそう。

縁を削ったり、製作途中に付着した小さなカスを拭いたりと一つひとつ仕上げを施して、
デザイナーの山崎さんが拠点を置く富山県へまとめて送付。
その後、着色を施し、乾燥させるなどの工程を経て……。
たった1つの「Onami」の製品ができあがるのに、約1か月もの時間を要するといいます。

 

でも、なぜこうまでして、
高度で手間のかかるモノづくりにこだわるのでしょう?

 

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【終始仲の良い大浪さんご一家。作業は常に“阿吽の呼吸”】

 

「頼まれた仕事を、無理だと言って断りたくないんです」

 

そこには、ご家族で口を揃えて話してくださった、
職人としてのかっこよすぎる気概がはっきりと伺えました。

 

ただ、“頼まれる理由”も、相和シボリ工業さんにはあるんです。

それは、コラボレーション製品が誕生する前の、一昨年の冬、
社長の忠さんが、「かわさきマイスター」に認定されたこと。

※かわさきマイスター・・・平成9年度から、「手」や「道具」等を駆使し、極めて優れた技術・技能を発揮して産業の発展や市民の生活を支える「もの」をつくりだしている現役の技術・技能職者を市内最高峰の匠として認定する制度。(川崎市ホームページより引用)

 

そのときのことを振り返って、忠さんは語ります。

「審査のときは、本当に緊迫した雰囲気でした。審査員としてモノづくりに関わる役人さんや大学教授などが大勢工場にいらっしゃって、その中でヘラ絞りの実演を行いました」

 

「かわさきマイスター」に認定されるためには、
その熟練の技を審査員にしっかりアピールしなくてはなりません。
そこで家族で話し合った結果、
直径450㎜もの円盤を、高さ60㎝の筒状に仕上げるという、
業界でもかなり高度なヘラ絞りの技術を忠さんが披露。
それを見た審査員のみなさんは、その中でも「カール」と呼ばれる
縁を丸める技術に脱帽し、大絶賛の上で認定を下したのだとか。

 

そして、授賞式では1年に5人しか選ばれない「かわさきマイスター」として、奥さんとともに大勢の人々の最前列に座ることになった忠さん。

「結婚して30年間、苦労もたくさんかけたけど、授賞式のときには

『女房孝行できたんじゃないかな?』と思いましたね」

そのお隣で目を潤ませている美津江さんを見て、
思わずもらい泣きしてしまいました……。

_MG_8411【絞りの金型。金型倉庫は別にも存在し、向き合ってきた仕事の数の証でもあります】

モノづくりで繋がり、結ばれる未来

みなさんにとって「モノづくり」とは?
最後に、シンプルな質問をさせてもらいました。

「自分たちの時代は、今のように仕事がたくさんあった訳ではないので、
『モノづくり=生活の一部』とでも言いましょうかね? 考えたこともなかったなぁ……」

と、忠さん。

その背中を見て育った友和さんは、幼稚園のころから一度もぶれることなく
「将来の夢は、相和シボリ工業の社長になること」と言い続けたそうです。

「熱があっても、腰が痛くても、薬を飲んだりコルセットをつけて、
仕事を休むことはありません!」
笑いながら美津江さんはおっしゃいましたが、それがどんなにすごいことか、
まだまだ社会では未熟者の私にだって分かります。

そんな親から子へつながれていく、モノづくりに対する想い。

それは、大浪一家だけでなく、相和シボリ工業に関わる周りの人々へも
影響をあたえているようです。

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例えば、こんなエピソードがあったそう。

「毎年、地元の中学校からの職業実習生を受け入れているのですが、
あるとき、いわゆる『問題児』で、校内で反発しているという男子生徒がやってきたんです。でもその子に作業をやらせてみると、他の実習生よりも飲み込みが早くて、ちゃんと話すと素直な良い子で。見回りに来た先生もびっくりしていました。『学校ではずっと寝てるのに…』って(笑)」

 

やっぱり、モノづくりには人を素直な気持ちにする力があるんですね……。

 

「その子は『俺、勉強できないんで中学卒業したらなんとなく就職します』って話してて、もったいないなと思いました。
でもあるとき作業で、材料の長さを計算しなきゃいけないことがあり、『就職したって、頭使わなきゃいけないことはあるんだよ』って話したんです。
そうしたら、実習が終わったあとに、とっても長い手紙が届きました。
そこには不慣れだろうに、一生懸命感謝の言葉が綴られていて、最後の方に『高校に行くために勉強がんばってみようと思います』って書いてありました」

相和シボリ工業でのモノづくりがきっかけとなり、ひとりの少年の未来が変わったそうです。

_MG_8391【機械ではなく、手で絞る際に使用するヘラ。これがヘラ絞りの名前の由来です】

こうやって、モノづくりが誰かの未来を結ぶことを知っている
大浪さんご一家だからこその願いは、
モノづくり全体のことを考えた、とても大きなものです。

「一つひとつの仕事にこだわりがあることをいろんな人に知ってもらって、
ヘラ絞りだけでなく、さまざまなモノづくりの良さが今の人たちに伝わったらうれしいです。そして、モノを大事にする心を育ててほしいです」

そんなお話を聞いていると、友和さんのお嫁さんが、
まだよちよち歩きのお子さん達をつれて工場にいらっしゃいました。

美津江さんにだっこされて、満足そうにしているその姿に

この子たちは、きっとモノの大切さがわかる大人に育っていくんだろうな。

そんなことを考えながら、
なんだか自分も離れて暮らす家族が恋しくなってみたりしたのでした。

(山越栞)


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shiori
山越 栞

フリーランスライター・編集者
「日本のかっこいいところを見つけて、もっと多くの人に伝えたい」そんな想いで執筆・編集などに携わる。10代から始めた茶道は現在も勉強中。