貴重な風景を見せてくれた東京の蔵前に店舗兼工房構える「つばめ工房」の高橋京子さん。
東京の中心部で、手織機が動く景色に出逢える工房はどれだけあるでしょうか。
ここでは、ストールにして4本分を織るために準備を含めて2週間もの時間を費やします。
想像してみただけでも途方もない時間。
手織りへのこだわり、その真相をつばめ工房のデザインから制作までを担当する高橋さんにお伺いしました。
ゆったりと時の流れる場所、つばめ工房。
「つばめ工房」は手織り・草木染めの工房と、手仕事の作家さんたちの作品を販売するクラフトギャラリー。
台東区鳥越(新御徒町駅から徒歩7分)にある下町の風景が色濃く残り、昭和の風情溢れる「おかず横丁」の一角で2010年から店舗を構え、ご夫婦で運営されています。
出店当時はつばめ工房付近にあったお店と言えばデザイン・雑貨のSuyRoさんくらい。
付近は歩けば魅力的なお店が沢山見つかるような、ここ数年の街のイメージではありませんでした。
最近あちらこちらで、「カチクラ(鳥越を含む、台東区の御徒町~蔵前のエリア)はいいよね。」といった声を耳にします。
ものづくり対して感度の高い人ほど、このカチクラエリアに注目をしている様子が分かります。
高橋京子さんの『いとへん』キャリア
高橋京子さんは東京造形大でテキスタイルデザインを専攻し、卒業後もテキスタイルデザイナーとして長年、織物とプリントの商品企画の仕事に携わっていました。
しかし、企画・デザインの仕事は色の指示やデザインをデータでやりとりすることがメイン。「自分でも手を動かしてつくりたい」と手織りを始めたことが、このつばめ工房のそもそものきっかけです。
高橋さんが手織りに費やしてきた期間は10年ほどです。
(10年は十分長いですが、その道何十年の方も多いので短いと言います)
「テキスタイルデザインをしていた頃も含めると長年『糸へん』に関わってきました」
そんな高橋さんの長年の経験と、並々ならぬこだわりが沢山詰まった魅力的な空間がこのつばめ工房です。
※糸へん・・・繊維に関わる産業の通称のこと。
高橋さんのデザイン発想法
つばめ工房の製品デザインを担当する高橋さんによる、デザイン発想の過程とは、一体どのようなものでしょうか。
「つばめ工房でつくる製品は、お客様の要望を一人ひとり聞いてからつくるオーダーものが多いんです。ですので、お客さんの顔が浮かべば、自然とデザインもある程度が頭に浮かんできます。」
オーダーしてくれた方の表情や性格を感じ取ることで、自然と色や質感が頭の中でイメージされ、浮かび上がります。
ある程度のデザインが頭の中に出来てはじめて、デザイン画を起こし、お客さんの希望を聞きながら仕上げていくそうです。
素材・色・雰囲気が瞬時にぱっと浮かんでくることも多いそう。
この高橋さんの持つクリエイター感覚こそが、きっと他にはない商品を生み出す秘訣なのでしょう。
高橋さんの経験や知識のフィルターを通した様々な要素が、少しずつ製品デザインへと形造られていきます。
糸へのこだわりがあります
つばめ工房でつくる織り物は、全てが手織りです。
夏には綿、麻、いら草。
冬にはカシミア、ウール、シルク……
季節によって様々な種類の糸を使い分けます。
そして、その一つひとつにこだわりがあります。
夏場は組成(素材)・混率(素材の混合率)・番手(太さ)などを特注で作られた糸、冬場にはカシミヤなど、今までのキャリアで出来たコネクションを活かしつつ、高橋さんが自ら調達してきた糸を使うことがほとんど。
「糸は単糸を使うことが多いです。双糸だと均一できれいな糸はあるものの、織り上がりがきれい過ぎるので、単糸の整わない表情が好きです…。」
と高橋さん。
※単糸とは・・・紡績(ぼうせき)したままの1本の糸。
※双糸とは・・・2本の糸を撚り合わせた糸。単糸にはムラがあるが、2本合わさると1本の場合よりも均一な太さになる。3本以上合わせることもある。
糸を作る過程では、糸をねじり、”より”をかけるのですが、単糸の場合は”より”が1方向のため、戻ろうとする力が働き、いっそう表情が出せるそうです。
「太さのムラと糸の戻る力2つが、生地が織り上がった際の手触りの違いとなり、表情が出せるんです。」
表情を大切にするつばめ工房さんならではのこだわりが、ここにも光ります。
工房で自らが染める糸
糸だけではありません、つばめ工房では染色にもこだわりがあります。
夏場の素材は、ほとんどを工房で草木染めします。
タイミングが良ければ、素材をグツグツと染汁で煮出している場面に出会えるかもしれません。
※草木染めとは・・・化学染料ではなく、草木から抽出した染料を利用し染める技法
大きな工場で化学染めをする場合は、チーズやビームと呼ばれる、糸を巻いたものをそのまま、大きな染色釜に入れて染めることが出来ます。
しかし、草木染めで少量を手染めする場合はそうは行かないので、綛(かせ)染めをします。
この綛(かせ)とは、コーンと呼ばれる糸を、綛上げ器で巻き上げたものを言います。
手染めの草木染めでは、コーンのように高密度で巻かれた糸を染めることは出来ません。
つばめ工房では、お客さん一人ひとりによって少量ずつ、最適の染色をしているため、コーン1つ分を使うほどの量を染める必要は、もともとありません。
また、草木染めは染料が常に一定ではないため、複数回に渡り染色を行うこともあるそうです。
織りへのこだわり
いよいよ工程は織りです。
ここでの織りは平織りと綾織りがメイン。
ともに織りの技法ではシンプルで、昔からある技法です。
糸の面白さを活かすのには、この2つの織り方が合っているそうです。
「織物のおもしろさは糸で決まります。手織りだからこそ、織物の表情にこだわれるんですよ。」
昔ながらの織機で織るため、整経(せいけい)と呼ばれる600〜1000本にもなる経糸(たていと)を、正しい順番で整経台にセットする作業、その経糸を織り機にセットする作業、織り進める作業まで、全ての工程が手作業です。
「楽をしようとして、どこかの工程で手を抜くと、生地になった時にその分のしわ寄せが来てしまいます。だから、全ての手順を丁寧に行うことが、結局はいちばん早くできあがるんですよ。」と高橋さん。
急がば廻れという事ですね。集中力が求められそうです。
織りの工程でつくり手の個性が出る部分は手織り・機械織り問わず、布地の設計だそうです。
布地の設計は、デザイン・おさの羽数・打ち込みの強さで決まります。
[画面真ん中、生地の上にかかっている太い木の板に”おさ”がセットされています。この使い方でつくり手の差が生まれることもあります。]
目標とする生地のイメージに合わせて細かく調整をし、織り上げていきます。
経糸(たていと)に対して緯糸(よこいと)が直角に交わり、通る度に”おさ”を手で打ち込みます。
※おさ(筬)・・・竹や金属を、クシの歯のように並べ、枠をつけたもの。経糸を整え、緯糸を打ち込むことに使う。
※羽数・・・おさの決まった長さ(センチ・インチなど)の間に、何枚の歯が有るか。
機械での織りと同じく、一度打ち込みの強さを決めたらそれ以降は均一に織り上げていきます。
そんな中に手織りだからこそ生まれる、ゆらぎや風合いが出せることを狙っているそうです。
手織りの世界では、細かいパズルの様な作業を積み上げていった結果、やっと商品が出来上がります。
高橋さん「織りはかなり頭を使いますよ。計算が全てなので。」
「例えばですが、綛(かせ)染の場合、必要な糸の長さを計算します。
◯メートルの生地を織るのに、紺色の経糸(たていと)は△メートル必要。
△メートルの糸を染めるには、円周が1.5メートルの糸巻き機で☓周分必要になる。
こんな計算などを、細かくしないといけないんですよ。」
織物はもちろん1色だけではないので使う糸の色の数・色の配分なども含めて全て計算していかないとダメなのだそうです。
織ることだけでもこれだけの手間ひまがかかりますが、チーズから糸をばらして再度巻き上げる綛上げ(かせあげ)や、染めることまでご自身で行うことを考えると、一つの製品を織り上げるのに相当の時間を費やします。
僕たちが目にする手織りの優しいイメージだけでは見えてこない、たくさんの工程が背景にはあります。
東京の鳥越、つばめ工房のある街
【この右に見えるものがシャトル。 緯糸を生地の一方の端から反対側の端まで通す役割をはたします。 】
「私がモノづくりをするのは何よりも『好きだから』。最近では、ここ(つばめ工房)で織りとか染めのお手伝いをしてくれる人も増えたので、これから活躍していくであろう作家さんやデザイナーさんへ、モノをつくる楽しさを伝えていければいいなと思っています。お店に関わる様々な人との出会いを大切にしていきたいです。手作りの製品が身の回りにあって、日常生活がすこし楽しくなって…そんな世界を目指していきたいですね。」
高橋さんに今後の展望を伺うと、こんなお話をしてくれました。
手織りからコミュニティが拡がる発信基地。
忙しい現代人が普段身につける物でも、つばめ工房の温もりある手作りの風合いを感じると、あたたかい気持ちになれそうです。
「これからも、量産はできなくても表情のあるモノづくりを続けていきます。」
今日もゆっくりとやさしく聞こえる手織り機の音、織り機を滑るシャトルの音が、おかず横丁でリズムを刻みます。
店舗情報
つばめ工房 :東京都台東区鳥越1-12-1
営業時間:11:30~18:30/ 定休日:木曜