現代の人々のライフスタイルに寄り添った伝統工芸って、どんなものだろうか。
果たして、昔のままの伝統的な様式をそのまま残していくことだけが、正しいのだろうか。

そんな問いを自らに投げかけ続けてきた山田仏壇店の山田貴之さんは、三条ものづくり学校で蒔絵のワークショップも行う三条仏壇・塗箔(ぬりはく)部門の伝統工芸士です。

すご腕の職人技を継承し、仏壇の間口を広げようとする取り組みには、「見本として残すべき伝統」に対する情熱を感じます。

ところが、伝統を残そうとするあまり、ものづくりの文化が人々から遠ざかってしまっては本末転倒です。

ワークショップを通して、山田さんが出した答えとは……?

もくじ

京都の職人から三条の人々へ。三条仏壇の誕生背景

 

 

インタビューの始まりは、三条ものづくり学校の「山田仏壇店 体験工房 『塗場(ぬりば)』」の部屋から。

山田さんはここで、蒔絵体験を主としたワークショップを毎週土日に開催しています。

平日は本業の仏壇づくりに勤しみ、山田さんのお休みは祝日のみ。
そこまでして、ワークショップに力を入れているのには理由があります。

 

 

「中国製品などの安価な仏壇に比べて、三条仏壇が高価な理由を理解してもらうのには、実際に体験してもらわないと分からないと思ったんです。」

これまでもワークショップの要望には積極的に応じてきましたが、頻度はだんだんと増加。

その度に手間をかけて準備をするよりも、専用のスペースがあったらいいなと思ったことが、三条ものづくり学校への入居の理由でした。

まずは、肝心の三条仏壇について掘り下げていきましょう。

 

 

新潟県の三条地域は、金属加工だけでなく、仏教の信仰が盛んな場所としての顔も併せもっています。

鎌倉時代の正安元(1299)年には法華宗の総本山「本成寺」、江戸時代の元禄3(1690)年には浄土真宗の大谷派「本願寺別院(東別院)」が建立されました。

特に、三条仏壇との関係は深いのは東別院。

京都からやってきた宮大工や指し物師、塗師、錺(かざり)金具師などの指揮のもと、三条の人々も建立に参加したことで、この地に技術が伝承されました。

 

お寺の彫刻を参考に、仏壇にも細やかな彫刻が施されています

 

東別院の完成によって浄土真宗が三条地域の人々に浸透し、仏壇づくりが始まると、現在の旧西蒲原地域*にまでその文化は広がりました。

発祥である三条の名前をとり、「三条仏壇」として国の伝統的工芸品に指定されたのは昭和55(1980)年。

現在は「三条・燕・西蒲仏壇組合」で、職人たちが技術を守っています。

※旧西蒲原地域…現在の燕市、新潟市の西蒲区、弥彦村周辺の地域

日本には、他にも京都や金沢をはじめとした仏壇の産地が複数存在します。

なかでも三条仏壇の特徴は、正統的な宮殿(くでん)造り、本漆塗(ほんうるしぬり)、金箔押し、質の高い飾り金具です。

さらに、山田さんのお話を聞いていると、金物の街である三条の土地柄も少なからず関係しているようです。

 

堂々たる「伝統工芸士」の文字

 

「仏壇の作り方にも、それぞれの産地で大きな違いが出ます。三条仏壇には、木地を作る際に小刀を使う工程があるのですが、同じ新潟県内の長岡市で行われている仏壇づくりには、そんな作業はないんです。」

三条仏壇のものづくりが盛んになった江戸時代には、刃物の有名なこの三条地域に質の良い小刀が存在していたのでしょうか。

三条仏壇の屋根に当たる部分。小刀を使った作業は仏壇づくりには珍しく、刃物の街、三条ならではの伝統です

 

三条仏壇は、木地師、彫師、金具師、塗箔師、蒔絵師の5分野のスペシャリストの技で完成する分業制です。

山田さんが担う塗箔師(ぬりはくし)は、仏壇づくりの中では他の職人に指示を出すディレクターの立場でもあります。

「大工さんで言えば、棟梁のような立場が塗箔師なんです。」

そのため、全行程の作業が頭に入っていることが重要になってくる大事なポジションです。

山田仏壇店は、明治時代末期に木地師の工房として創業。
2代目が塗箔師に転向して以来、100年あまりの時代を経て代々、仏壇製作のディレクター業も担ってきました。
現在、新潟県の三条市内で他の工程の職人さんと綿密にコミュニケーションを取り、オーダーから完成まで一連の仏壇製作を請けられるのは、山田仏壇店だけです。

この家業を継いだ理由を、山田さんは「あまりにも自然なことだった」と振り返ります。

初日は「1日座ってろ」 3年半の修行期間と漆塗りの苦労

 

 

「高校時代は、みんなの卒業後の進路が決まってからも自分だけ未定の状態でした(笑)じゃあ仏壇屋を継ごうかということで、新潟市の岩室地区にある仏壇の卸業の会社で修行をさせてもらうことになったんです。」

山田さんにとって、仏壇職人の仕事の様子は幼いころから慣れ親しんだ風景でした。

「住宅兼工房の環境で育ってきたので、小さい時は職人さんの真似をして1階の工房でよく遊んでいました。」

自然な流れで足を踏み込んだ塗箔師の世界。

修行先で住み込みとして通いはじめます。

「修行の初日に、まず師匠に言われたことがあります。」

 

 

「何もしなくていいから、1日座ってろと。ところがこれが、実はただその場であぐらをかいて座っているだけなのに、結構辛いんですよ…足は痛くなるし。でも、職人になったら一日中床に座って仕事をしなくちゃいけないので、『座っていられる』のはこの世界では大前提だったんです。」

山田さんの塗箔師としての修行期間は3年半。
その中でも最も長い期間を要したのは、2年間の漆塗りの修行でした。
漆塗りには、人毛でできた専用の刷毛を使います

 

木地に漆(うるし)を塗る際に使うのは、写真のような刷毛。
ペンキを塗る時と同じ様に、素人の腕では刷毛目が出てしまうし、小さなゴミも付着します。
また、均一な厚さで漆が塗れていなければ、塗りが厚いところにどんどん漆の液体が寄っていき、「縮む」という現象が起きてしまいます。

この「縮み」の現象が起きないように漆を塗れるまで、まず1年。
漆塗りの修行開始から2年が経ってようやく、ゴミが表面につかず、均一に塗ることができるようになります。

漆の難しさは、その時の気候条件によっても乾き方が全く違ったり、不確定要素が多いところ。
いまだに「縮み」が起きてしまうこともあるそうです…。

「季節や天気、場所、時間帯によって、すぐ乾くこともあれば、しばらく乾かないこともあります。湿度計を確認して管理しても理由が分からなくて『今日は乾きやすい日だったんかぁ…』なんてぼんやりと思うこともしょっちゅうです。いつも『ははぁー、おっしゃるとおりです』なんて漆のことをなだめすかす感じですよ(笑)」

これほど神経を使う作業にも関わらず、「今日はちょっと変わった塗りをしようと思っていたので」と、山田仏壇の工房で実際に作業の様子を見せてくださいました。

 

漆にお豆腐を混ぜ合わせると…?

 

なんと、この漆に混ぜられているのは、お豆腐です。

市販のお豆腐を漆に混ぜ、お醤油をほんの少し。

料理のレシピのようですが、お豆腐には塗ったときにざらざらした質感を出す効果があり、お醤油には乾きを遅くする効果が。
それぞれが古くから伝わる技法なのです。
工房には「トントントン」と軽快な音が響きます

 

これは、ヘラを使い木地を叩くように塗っていくことから、叩き塗りといいます。

さらに、漆をこした時に使った紙を使い、木地をポンポンと抑えるようにすると、模様が出現!
だんだんと板の側面がマットな質感になっていきます

 

この他にも、塗りの技法は数え切れないほどあります。

「ケヤキなどの木地を使って、あえて木目を見せる塗り方もありますが、一度に塗らないと木地の色が濃くなり木目が見えにくくなってしまいます。仏壇の戸は4枚で1セットなので、1枚でも失敗したら4枚全てやり直し。ケヤキの木地は扉1枚あたり約20万円するから、計80万円もの材料費がプラスでかかってしまうことになります。」

お客さんから「この木目が気に入ったので」なんて言われると、もう絶対に失敗はできません。天気の様子を見ながら、漆が扱いやすそうな日を選んで塗っていきます。

「そんなときに限ってピンポーンなんて、来客があると大変なんです(笑)」
山田さんは笑いますが、想像を絶する職人仕事の細やかさには脱帽せざるを得ません。

塗りの作業だけでもこれほど大変なのに、さらに金箔を貼る作業もこなすのが、山田さんが担う塗箔師の役割です。

一万分の1ミリの薄さを操る。金色に輝くミクロの世界

 

次は、塗箔師のもうひとつの重要な仕事、金箔貼りの様子です。

 

金箔を箱から取り出すだけでも、一般の人には至難の業。慎重さと器用さが求められます

 

そもそも金箔は、1グラムの金を約2畳分の大きさにまで叩いて伸ばしたものです。
厚さは、ほんの10000分の1ミリ!
手に乗せると指紋のわずかな凹凸がくっきりと浮き出てしまうほどです。

これを、竹でできたピンセットで一枚ずつ取り、木地に貼り付けていきます。
竹のピンセットを使うのは、静電気が起きにくいから

 

本来ならば、ピンセットで金箔を10枚つかみ取れるようになるまでに、個人差はあっても数ヶ月かかります。

さらに、やっとつかみ取れるようになった10枚の金箔の中から1枚だけをつかめるようになるまでに数ヶ月──。

風がないはずの室内でもふわふわと揺れるほど軽い金箔

一人前の職人への道のりを考えると気が遠くなりそうですが、修行時代の山田さんは、先輩がお手本を見せてくれたその日のうちに1枚の金箔をつかみ取れたといいます。

「ほら、小さいころから自分の家で職人さんの真似をしていたから、すぐできたんです。修行時代の3年半のなかで、金箔に触れていた期間は3か月もなかったと思いますよ。」

みるみるうちに、金箔がピタリと木地に貼り付けられていきます。

「あのー…喋って大丈夫ですよ?」
と、山田さんがふと笑います。

取材陣が思わずその繊細な作業に見入って、黙り込んでしまっていました。
金箔の接着剤として使用するのは、漆に似た性質の科学塗料を揮発性の高いガソリンでうすめたもの

 

金箔の扱いで最も難しいポイントは、実はこの接着剤の量を調整する作業です。
接着剤をつけたあとは綿で余分な量を拭き取るのですが、拭き過ぎれば上手く貼りつかないし、拭きがあまければ、金箔の上から透けて汚い仕上がりになってしまいます。

「加減を調整するには、勘だけが頼りなんです。だから修行のときも、師匠は弟子に『とりあえずやってみなさい』としか言いようがないんです。」

長い時を経て、感覚でしか判断できない技術が受け継がれてきたと思うと、伝統に対する敬意もひとしおです。

 

黒板にたくさん貼ってあるのは、蒔絵の型紙です

 

職人技に驚いたところで、お話は三条ものづくり学校を中心に行われる山田仏壇のワークショップのことに。

ワークショップで感じた、伝統の新たな伝え方

 

山田さんが行っているのは、三条仏壇づくりの中で装飾の工程に当たる「蒔絵」のワークショップです。山田さんの指導の他、土曜日には、三条仏壇の蒔絵部門の伝統工芸士である春日美雪さんも講師として参加しています。

 

ワークショップの参加者向けに、蒔絵の工程を分かりやすくまとめています

 

蒔絵は、乾く前の漆の上に金粉などを付着させて、模様を施していく技法です。

ワークショップでは額に入った板やメガネケースのほか、スマートフォンのケースにも蒔絵を付けることが可能です。

また、下絵を自分で描くことが苦手な人も心配はご無用。

「塗場」に常備しているお手製の型紙を使用して、誰でも本格的な図柄を作ることが出来ます。本物の仏壇に施すのと同じ図柄も揃えています。

 

蒔絵を施したメガネケース。光が当たるときれいなグラデーションが

 

「蒔絵は、絵の具などとは違って特有のグラデーションが出ることが特徴です。これを体験して、『おぉ〜!』と言う声が参加者から上がる瞬間が楽しいんです。」

参加者の中には、趣味として蒔絵を始めたいという方もいらっしゃいます。
山田さんは、一度ここで体験し手順が分かったら家でも気軽にできるように、と心配りも忘れません。

「ワークショップ用の材料は、ホームセンターで買い揃えられるものをなるべく使うようにしているんです。敷居を低くして、とにかく三条仏壇にまつわる文化に触れて欲しい。型紙にするイラストはカレンダーの挿絵だって問題ありません。年賀状や手持ちの小物などに蒔絵をつけたりして、生活の中で簡単に楽しんで欲しいです。」

どんな形であれ、まずは興味を持ってもらうことが、ゆくゆくは技術の保存につながるはずです。

ワークショップを通して未来の職人候補が誕生したり、仏壇をオーダーするときに「こんな蒔絵ってできますか?」という話が出たり。
そうやって、体験が次の行動のステップへの後押しになることを山田さんは目指しています。

 

 

「日本でいちばん『蒔絵』という言葉が浸透しているのは三条ものづくり学校だと思うんです。ワークショップを始めるまで蒔絵なんてそんなに知らなかったはずが、日常会話で『蒔絵』ってみなさんが口々に話しているのを聞いたら泣きそうになりました。『知ってるんだ』と。」

ワークショップは、技術のPR効果にもなり、金属加工や他のものづくり業者とのコラボレーションの依頼も増えてきています。

「ワークショップがきっかけでコラボレーションの声がかかるまで、想像もしなかった技術の活かし方もたくさんあります。ガラス製のコップに漆を塗ってみたり、ミニ四駆*に金箔を貼ったりね(笑)」

こうして、技術を知ってもらい、より多くの人々に興味を持ってもらえるのなら、時代に合った形での伝え方も必要だと山田さんは感じるようになっていきました。

※三条ものづくり学校では「燕三条ミニ四駆大学」のイベント用に、山田さんにミニ四駆へ金箔の装飾を施していただきました!

伝統とは、新しいものを生み出す「見本」になるもの

 

時代に合わせたものづくりを意識する必要性は、三条の仏壇づくりにおいても同じこと。
仏壇といえば、田舎の大きなお家に立派なものがどーんと置いてあるイメージですが、現代の家に置くとなると、なかなかそうはいきません。

 

「極端かもしれませんが、仏様を祀る中身の部分だけ、宗教用具として伝統的な技法で作っていれば、外側は誰が作ってもいいと思うんです。燕三条の金属でも、加茂の桐箪笥でもいいし、アクリルだっていいかなって。今はそういったコラボレーションを考えて動き出しているところです。」

 

 

また、年齢を問わず「シンプル思考」が高まっている昨今。

昔の仏壇のオーダーでは「故人が寂しくないようにいろいろ飾りをつけてください」と言われてきましたが、最近では「ただの真っ黒な箱のような仏壇が欲しい」と言われることも少なくありません。

しかし、時代が求めるものづくりの形が変わっていっても、職人の技術が求められ続けることを、山田さんは知っています。

「例えば、仏壇に使う金具の装飾だったら『龍や唐草模様などはいらないから、縁取りだけのまっ平らなデザインがいい』との注文もあります。手間が省けてラクなんじゃないか、って普通なら思うでしょう?でも、金具師さんにそれを伝えると苦い顔をするんです。『真っ平ら』が実は一番難しくて、並大抵の技術ではできないんですよ。」

自らも一流の職人技を継承し、その技術の新しい活かし方を模索する山田さん。
「伝統」という言葉に、どんな意味を見出しているのでしょう。

 

 

「伝統は、全ての基本であり、新たな開発が行きづまったときに戻る見本でもあると思います。例えば何年か前に、絞ると水が出てくる特殊な布の様な商品が発売されて、それは着物に関わる伝統技術を応用したと聞きました。原点となる技術があるからこそ、新たな価値や最先端技術が生まれていくと思うんです。」

伝統工芸。それは未来を見据えたときに立ち返るべき技術の源泉です。

──だからこそ、残していかなきゃな。

山田さんの柔らかい笑顔の奥に、職人としての使命感が垣間見えます。


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shiori
山越 栞

フリーランスライター・編集者
「日本のかっこいいところを見つけて、もっと多くの人に伝えたい」そんな想いで執筆・編集などに携わる。10代から始めた茶道は現在も勉強中。