前半はこちら営業マンから「のれん屋」へ。 安曇野の森から色で結ぶものづくり 十色屋

日本の文化への興味と美意識

着物の知識があること、広告出身で色彩とデザインにこだわってきたことの他に、菊地さんのセンスを磨いてきた要素はまだまだあります。

大学時代に学んだ、日本の文化も作品作りの感性にエッセンスを与えています。

菊地さん「大学では、日本の民俗学や松尾芭蕉、千利休についても学んできました。『花鳥風月』や『侘び寂び』などといった、日本ならではの美意識に惹かれ、関連する本も随分読みました。かといって、単に古いものがいいというわけでもなく、モダンなデザインのものも好きなんです。」

 

IMGP2598-1和の要素を含んだ菊地さんの美意識がのれんに吹きこまれます

 

菊地さんの作るのれんは、和風でありながらもそれを全面的に主張するものではありません。不思議と色彩から「日本」を感じるのです。それは、日本人の美意識を学び、京都でその空気を身をもって感じてきた菊地さんにしかできない表現です。

また、菊地さんは他の安曇野界隈の作家さんたちの作品と一緒に、2年に1度アメリカでの展示会にも出品しています。のれんは欧米の人々にも大好評で、すぐに売れてしまうのだそうです。

菊地さん「アメリカが『盛る文化』だとすれば、日本は『抜く文化』。余白の使い方や無駄を省いたデザインは、欧米だとなかなか目にすることはないようですが、それでも心に響くものがあるようです。」

菊地さんの作品には柄が詰まったものや派手すぎるものは少なく、余白やグラデーションで心に訴える何かがあります。和を全面に押し出さない分、欧米的なつくりの部屋に使っても、違和感なく調和することができるのです。

 

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地方でものづくりをする魅力がたくさん。

長野に移住してきて大きく変わったことについても菊地さんに伺いました。

菊地さん「正直、刺激を受けるものは都会の方がたくさんあります。関西で働いていた頃も周辺は栄えていたし、今も打ち合わせなどで東京には頻繁に足を運んでいます。でもね、ここにはそういった都会では味わえないものがいくつもあるんですよ。」

 

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菊地さんが特に好きなのは、長野の夏の夜だそう。

アトリエとショップの周りは深い森。普段から静かな場所です。そして、夜になるとそれが更に深まってくるのを感じるとのこと。

安曇野の夏の気候は、日中どんなに気温が上がっても夜は涼しいのが特徴です。そんな夜に、菊地さんは日が暮れると同時に部屋の窓を全て開け放ち、明かりを消し、静けさの中に身を投じます。

菊地さん「音楽をかけてお酒を飲みながら、そこでデザインのアイデアを考えるのがもう『最っ高』なんですよ。遠くではふくろうの声なんかがしていてね…。」

何にも邪魔されず、デザインの思考と音楽に満たされた大人の世界。

そう話す菊地さんの顔が、ふわっとほころびます。

 

IMGP2523アトリエとショップのすぐ前の道

 

菊地さん「安曇野には、都内ではありえないような出会いがたくさんあります。ここは別荘地だから、ひょんなことから仲が良くなった人に名刺をもらうと、大きな会社の社長さんだった、なんてことも少なくないんです。そこから仕事につながることもあります。移住を決めたときは、正直『あんな何もない田舎に引っ越したら、商品の売り込みはどうしたものか』と心配でしたが、京都にいたときよりも仕事のつながりは広がっています。」

そして、安曇野に来て変わった大きなことは、もう一つあります。
それまで会社員をしていた奥さまのみゆきさんも、一緒にものづくりをするようになったのです。

菊地さん「十色屋をオープンして、『のれんと壁に飾るパネルだけじゃやってけないぞ』ということになって(笑)妻に、軽い気持ちで小物作りをはじめるように勧めました。最初に作ったのは、僕ののれんの端切れを再利用したバッグでした。」

みゆきさんが初めて作ったそのバッグは、お店に足を運んできた20歳くらいの若い女の子に「かわいい!」と評判ですぐに買ってもらうことができました。

 

_MG_7153妻のみゆきさんが作ったバッグ

 

これをきっかけに、旦那さんの均さんとものづくりの道へと足を踏み入れ、奥さまのみゆきさんはバッグの他にブックカバーやコースターなどの小物類を制作するように。

 

_MG_7164色合いの可愛らしいバッジ

 

現在では十色屋での販売にとどまらず、首都圏での催事にみゆきさん個人へ声が掛かるほどです。

 

_MG_7165ブックカバーもさまざま。同じ柄のものは一つとしてありません

夫婦で一緒にものづくりをすることになったのも、都会での生活をしていては決して起こらなかった未来です。

 

何でもやる。自分に枠組みをつくらない生き方

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菊地さんは「布に色をのせるベースは変えずに、これからもどんどん新しいことを始めたい」と話します。そのようにして誕生した15㎝角のタペストリーパネルのように、求められることには、なるべく応えていきたのだといいます。

菊地さん「なんでも、思い切ってやっちゃったほうがいいと思うんですよ。あれはできないんじゃないか、と自分の心に枠をはめてしまっているのは、結局自分自身なんですよね。」

脱サラ後、アルバイトをしてまで自分の見出した新しい道を進んできた菊地さんだからこその言葉です。

無意識のうちに自ら築いてしまった「こうあるべき」という固定概念から抜けだしたとき、人生のシナリオは魅力的に書き換えられていくのかもしれません。

 

点と点を線で結べる日がくるまで

行動力と熱意をもって、思い描いていた以上の道を切り開いた菊地さん。お話を伺って学ばせて頂いたのは、その時々で目の前にあるモノ・コトに向き合う真摯な姿勢です。

今は先のことが見えなくて迷っていても、まずは目の前にあるものに一生懸命取り組むことが、自分らしい未来への第一歩。本気で取り組んできた事柄がいつか線のようにつながって花を咲かせるまで、せっせと「点」を作っていかないと、と改めて感じました。

菊地さんが話して下さった安曇野の静かな夏の夜もいつか体感したいな。なんて、東京に戻った今も自然にあふれた風景が目に浮かびます。


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山越 栞

フリーランスライター・編集者
「日本のかっこいいところを見つけて、もっと多くの人に伝えたい」そんな想いで執筆・編集などに携わる。10代から始めた茶道は現在も勉強中。