『Connecting the Dots』
スティーブ・ジョブズが残した有名な言葉があります。
つながりのないように見える人生のさまざま出来事が、線で結んだように一つの成果を生み出すことがある。

長野県の安曇野(あずみの)で活動する菊地均さんのものづくりは、まさにこの「点と点が線になっていく」人生の過程のようでした。関西で活躍していた営業マンが、自然豊かな安曇野でものづくりをはじめることになった理由とは?

未来を切り拓くのは、他の誰でもない自分自身であること、チャンスはいつもそこにあることを教えてくれた、菊地さんの生き方とものづくりの物語です。

もくじ

始まりは「十色」がテーマの、のれんづくり

静かな松林の中を、アスファルトに舗装されていない細い道が何本も左右に伸びています。

澄んだ青色が目を惹く看板を目印に足を停めると、そこには安曇野の大地に映えるような彩りの世界への入り口が。

 

_MG_7208菊地さんの好きなブルーの看板が目印です

 

お話を伺った菊地均(きくちひとし)さんは、ここでアトリエ「atelier 10 colours」と、併設されたギャラリーショップ「十色屋(といろや)」を運営しています。

菊地さんは1996年、この場所に奥様のみゆきさんとやって来ました。
それまでは京都や兵庫などの関西地方で活動。静かで土地の広い場所に移りたいと考えた結果、知り合いのつてで安曇野の名前が挙がったのでした。

 

_MG_7207菊地均さんと、奥様のみゆきさん

 

菊地さんはご自身のことを「のれん屋」と名乗り、受注製作をメインに、店舗に掲げるのれんのほか、住宅メーカーのモデルハウスや、一般家庭の室内に飾るタペストリーなども製作しています。

さて、アトリエとお店の名前から、なんとなくお気づきでしょうか?
菊地さんがこだわっているのは、その「色」の表現です。

ショップに並んで吊るされた彩り豊かなのれんは、菊地さんご自身がデザインと染めを請け負って生みだした、どれも世界に一つしかないモノたちです。

 

IMGP2576-1店内に並ぶのれんの数々

 

奥にある工房に通していただくと、こちらにも彩りの欠片たちがそこかしこに散りばめられていました。

 

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お邪魔したのはちょうど大きな展示会向けの納品が一段落した時期でした。「最近までは部屋じゅうに作品があふれていて大変な状態でしたよ。」と菊地さん。

 

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きっと、そのころはこの工房じゅうにもっと色が溢れていたんだろうなと想像するとワクワクしてしまいます。

 

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背景に、物語を感じるような彩り。それはアートと言っても遜色のない美しさです。

しかし、菊地さんは決してご自身のことを「芸術家」ではないといいます。

その真意については、菊地さんがのれん屋になるまでの「なれそめ」が関係しています。

 

生粋の営業マンからものづくりの世界へ。

自然に囲まれた環境でおだやかにものづくりをする菊地さん。もともとは人と物で溢れかえる都市で働く、バリバリの営業マンでした。

菊地さん「人が作ったものを持って営業したりするのが性に合っていたと思います。」

菊地さんの雰囲気や、ささいな気遣いからも、営業職として活躍されていたことが想像できます。言葉を端的に紡ぎながらも、決して威圧感はなく、時折私たちをくすっと笑わせてくれるような方です。

それではなぜ、第二の人生を安曇野で過ごすことにしたのでしょう。

 

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菊地さん「大学を出てとにかく京都で働きたいと思い、京都の着物問屋に営業として就職しました。一着の着物ができあがるまでは、30〜40以上もの工程があります。それらは分業で各工程に専門の職人がいるので、次の工程へ移行するたびに、僕は反物を持って京都中を飛び回ってました。おかげで着物ができるまでの全ての工程を直接見て学ぶことができたんです。」

大学を卒業したばかりの菊地青年を惹き寄せる「何か」が京都にはあったのでしょうか?

菊地さん「中学校のころに『平家物語』のフォトブックに出逢って、ものすごくその世界に惹き込まれたんです。それからずっと日本の文化に興味があり、大学もわざわざ国文学科があるところを探し受験しました。いざ社会に出るとなった時『京都で平家物語を読んで暮らしたいな』って思ったんです。」

すごくロマンチックな動機ですね。
そしてこの決断が、現在のお仕事へと菊地さんを導くことになります。

 

_MG_7202人生を変えた一冊は、今も大事に保管されています

 

菊地さんは3年間、着物問屋の営業職として働きます。その後、今度は広告代理店へとキャリアチェンジ。そこで、色とデザインに関する知見を広げることになるのです。

菊地さん「大手家電メーカーの担当を任されていたので、広告を作る際にデザイナーと打ち合わせをしてチラシを作ったり、印刷したデータの色校正などを何度もやりました。このときの経験が、今もインスピレーションの大きな割合を占めています。」

印刷物の色校正では、微妙な色彩の印象を細かくチェックする必要があります。例えば、全体の赤みを少し抜くだけでも、印刷物の雰囲気はガラリと変わるのです。それはちょうど、服やヘアカラーの微妙な色合いの違いが、その人のイメージを大きく変えるのと同じように。

その後、菊地さんがのれん作りを始めるきっかけが訪れます。
前職の着物問屋時代の元同僚が始めた会社にスカウトされ、菊地さんは再び着物業界に舞い戻ることになったのです。

 

アルバイトしてまで腹をくくった、ものづくりの道

菊地さん「ある日、京都の街を着物の営業で回っていました。そこで老舗の漬物屋さんの2代目が、おつまみに漬物を出す様なBARをはじめると話を聞いたんです。そこで『和風のおしゃれなのれんが欲しいんだけど、どこを探しても見つからない。どうにかならないか』と相談を受けたんです。」

今でこそ、和風モダンとも言えるデザインは街で多く見かけますが、当時は「コンクリート打ちっ放しのビルがやっとちらほら建設され始めたばかりの時代だった」と菊地さん。和柄といえば、着物にあしらわれているような模様、風神雷神や龍などのような伝統的な柄ばかりだったのです。

菊地さん「街に歴史の形跡が長く残るからこそ、京都は新しいモノを取り入れるのをあまり得意としない土地柄でした。のれんの相談を受けたとき、これまでの経験をふまえて『自分がそれを作れる人になりたい』って思ったんです。それがきっかけです。」

着物の制作工程を見て学んだ技法の知識。
広告代理店で培ったデザインと色彩の感覚。
これらを兼ね備える菊地さんにとって、目の前の人が欲しがっているものを自分が形にしたいと思うのは自然なことだったのかもしれません。

その日の内に、染色に必要な道具を買い揃え、布を染めてみたところ「いける」と確信したと言います。

 

IMGP2659-6鮮やかな色使いは、染料のバランスを熟知した菊地さんならではのもの

 

やると決めたらとことんやる。
一念発起した菊地さんは、会社を辞め、染料を扱う会社でアルバイトを始めます。それが、今から約30年前の出来事。

菊地さん「最初はのれん制作だけでは食べていけなかったので、勉強も兼ねて、染料屋でのアルバイトもしていました。のれんだけで食べていけるようになるまで、20年くらいかかりました。」

 

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聞くと、菊地さんの学生時代の美術の成績は5段階評価の中の1か2ばかりだったと言います。のれん作りをはじめた頃は、実のお母さんに「あんたに何ができるの?」とまで言われました。

菊地さん「のれん作りは絵を描くことよりも、デザインすることがメインです。クライアントの要望を抽象的な形や模様で表現することが多いので、絵とはまた違った感性を使う分野なんだと思います。」

それでは、どのようにのれんができていくのでしょう?

 

IMGP2658-5のれんの寸法を測る型紙。これに合わせて生地をカットします

 

のれんに染色をする際に採用している技法は、「筒描き」と言います。東京や京都などから買い付けてきた生地の上に、渋紙の筒に入れたのりを絞って模様を描き、乾いたのりの上から染料を塗っていくと、後でのりを落とした時に模様が出来上がります。着物の柄を描くときにも、この筒描きの技法がよく使わます。

 

IMGP2709-10筒描きに使っているお手製ののり。もち粉と米ぬかを蒸して練る

 

菊地さんは、この筒描きの技法を独学で身につけました。

菊地さん「着物業界で営業をしていた頃に、熟練の職人さんがこの技法を用いて作業をしているところを長年見ていたので、知識は最初からある程度あったんです。他にも染色の技法はいくつかありますが、筒描きを使うことにしたのは、生地を用意できれば他の工程は1から10まで自分ひとりで完結できるからです。」

 

IMGP2649独学用に買った染色の専門書

 

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染料の調合をメモしたノートは、長年使っているため年季が入っています。
のれんのイメージを膨らませながら、十色屋の彩りを生み出していきます。

 

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生地に乗せたときの色の出方をチェックするために、試作の「染め」を何度も行います。

一枚ののれんができ上がるまでに要する時間は約5日間。

のりを乾かして、その上から染色し、のりを落として…と、複数の色を使うほど、完成までには時間がかかります。

でも、菊地さんが一番時間を費やしているのは、これらの実際の工程ではなく手を動かす前段階のデザインの構想です。

菊地さん「デザインに費やす時間までを換算すると、一つののれんができ上がるまでの期間には制限がありません。お客さん自身がデザインの具体的なイメージをできていることは少ないので、ヒアリングをし、こちらからアイデアを提案する場合が多いんです。」

お客さんが思い描いていた以上のものを提供できるように、菊地さんはいつも考えています。

 

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菊地さん「会社員時代から感じていたことなのですが、お客さんとの間に入っている人が少ない方が、やり取りはスムーズに進みます。もともと自分で『こうしたい』っていうのがあるから、じゃあ自分でやっちゃったほうが早いって思ったのも、ものづくりをはじめたきっかけの一つです。」

しかし、デザインは一筋縄ではいきません。納得のいくアイデアが思いつかず、他の作業も手につかずにずっと考えている時は文字通り七転八倒している菊地さん。奥様に「忙しいのにゴロゴロしてばかり」と勘違いされて怒られてしまう、なんてこともあるそうです(笑)

 

自分は芸術家ではない。どうすればお客さんに喜んでもらえるか?

菊地さんの作るのれんには、多くのリピーターがいます。
10年ほど経つと自然とのれんが色あせたりしてくるので、忘れた頃にいつかのクライアントから注文がくることも少なくないそう。

菊地さん「そうやって自分が作ったものを気に入ってもらえるとすごく嬉しいし、やりがいがあります。もともと、求める人がいたからはじめた仕事だったので、お客さんにどうやったら喜んでもらえるかが僕のものづくりの指針なんです。」

 

IMGP2696-9今まで製作してきたのれんたちをこうして記録しています

 

菊地さん「芸術家は自分の内面にあるものをアウトプットしなければならないので、苦悩することもあると思います。ぼくはあくまでデザイナーなので、自分の美的感覚を理解してもらおうとは考えないんです。作りたいものが思い浮かばなくて、ずっと考えていることはあっても、必ずその先には僕ののれんを求めてくれている誰かがいます。そのゴールに向かってものづくりをするんです。だから、作家や芸術家とは、作るときの出発点からすでに違うんです。」

「求められるものに応えたい」そんな菊地さんのスタンスです。

 

_MG_7172十色屋の定番となりつつあるパネル

 

これは、布地にアクリル絵の具を使ってペイントした、装飾用のパネル。十色屋の壁にはこれが美しく並んでいます。

菊地さん「マンションを購入したお客さんの要望で、大きなタペストリーを作ったことがありました。それを収める額を探しに行ったら、すごく高くてね。自分が作ったタペストリーの何倍の値段がするんですよ(笑)何とかならいかなと思いパネルに貼ってみたら、なかなか良かったんです。お客さんも喜んでくれて、そのタペストリーを目立つ場所に飾るために、購入したばかりのマンションをわざわざ改装してくれたほどでした。」

この15㎝角のパネルは、のれんと合わせて十色屋の定番になりつつあります。

後半はこちら 日本の文化への興味と美意識

作者情報(一覧を見る)
shiori
山越 栞

フリーランスライター・編集者
「日本のかっこいいところを見つけて、もっと多くの人に伝えたい」そんな想いで執筆・編集などに携わる。10代から始めた茶道は現在も勉強中。