主張しすぎず、かといって地味すぎない。独特のまだら模様が、身に付ける人の魅力を引き出してくれる。今回はそんなベーシックで味わいのあるべっ甲メガネのお話です。

まず、「べっ甲」は何からできているのかをご存知ですか?

実は、私たちがべっ甲と思っているモノの多くは、あくまでも「べっ甲風」で、本物ではないんです。そもそも、本物のべっ甲を使用しているメガネが1万円前後で手に入るはずがないからです。

今回伺った大澤鼈甲(おおさわべっこう)さんは、貴重な『本物』にこだわり、ついつい人に自慢したくなるようなべっ甲メガネをつくり続ける東京の老舗。
最近ではメガネ以外にも、アパレルブランドの「Steven Alan」とコラボアクセサリーを製作するなどして、若い人からも注目を集めています。

時代に合った「いいモノ」を生み出す仕組みと作り手としてのデザインやアートに対する感性の重要さ。大澤鼈甲の代表、大澤健吾さんに工房を案内してもらいました。

もくじ

 

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東京の伝統工芸品「江戸鼈甲(えどべっこう)」

谷根千(やねせん)の呼び名で近ごろ人気を集めるエリアのひとつ、千駄木の駅からすぐの場所に、古き良き東京の雰囲気とはイメージのちがう、ヨーロッパの街角にでもありそうなその建物は居を構えます。

 

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こちらが、お邪魔した大澤鼈甲さんの工房兼ショップ。

昭和31年から営業を続け、OEMでの製作をするかたわら、オリジナルブランドやコラボレーションでも質の高いべっ甲メガネやアクセサリーを製作・販売し、最近では近くにジャンルを問わずさまざまな作家さんの作品を展示するギャラリーをオープンされたのだそう。
直接伺いたいことがたくさんありすぎて、期待に胸が膨らみます。

訪ねて行くと、代表の大澤さんが奥から出てきてくださいました。

 

_MG_4578ご自身でも自社のメガネをかけていらっしゃる大澤さん

 

さて、改めてべっ甲の原材料がなんなのか、みなさんはご存知でしょうか。
これについて、大澤さんが説明してくださいました。

大澤べっ甲_大澤さん

べっ甲の材料は、カリブ海やインド洋に生息しているウミガメの一種、玳瑁(タイマイ)の甲羅からできています。

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お店のロゴマークにもカメをあしらっていますよね。恥ずかしながら、今回の取材をお願いするまで、カメの甲羅からできているだなんて考えたこともなくてびっくりでした。

大澤べっ甲_大澤さん

現在ではプラスチック製の”べっ甲柄”製品の方が多く市場に出回っていますからね。原材料を知らない人も少なくないですよ。

yamakoshi

『江戸鼈甲』は東京の伝統工芸品ですよね。という事は、べっ甲製品はずいぶん昔から日本にあったんですよね?なのに原料は海外のモノ…。他の伝統工芸品と比べても歴史がありそうで気になります。

_MG_4631タイマイの剥製。これは小さい方で、右のべっ甲の板1枚分が、甲羅を構成する一枚に相当するほどまで大きく成長します

 

そもそもなぜ、日本でべっ甲のものづくりが行われるようになったのでしょうか。大澤鼈甲さんの舞台裏に足を踏み入れる前に、まずはその歴史を紐解いてみましょう。

 

徳川家康もメガネを愛用。べっ甲が日本に根付いた訳

日本におけるべっ甲の歴史はとても古く、飛鳥・奈良時代にまでさかのぼります。聖徳太子が小野妹子を隋に遣わした際、日本にタイマイがもたらされたのが始まりだそう。

亀の一種であるタイマイは、鶴とともに長寿のしるしとしてめでたい品とされ、婚礼などの大切な行事の際に使われてきました。

また、江戸時代の開港後から明治・大正時代にかけては、日本のべっ甲職人たちは欧米人向けのおみやげ製作に精を出していたようです。

現在、国内において2箇所がべっ甲のものづくりの拠点になっています。長崎県ではべっ甲の装飾品、東京都では装飾品に加え、べっ甲のメガネをつくっています。なんと徳川家康が使っていた「目器」(メガネ)が、静岡県の久能山東照宮(くのうざんとうしょうぐう)に今も保管されているんだとか。

べっ甲のメガネは古くから江戸を中心に人々に愛用されてきたんですね。
しかし、都内で現在もべっ甲メガネをつくっているところは減ってきているのが現状です。

 

yamakoshi

大澤さんのところには現在、若い職人さんが数人いらっしゃいますよね?この現状にはどんな秘密があるんでしょうか?

大澤べっ甲_大澤さん

ひとまず工房をご案内しましょうか。

職人の手わざと最新機械の強みを活かして

大澤さんの後についてお店の奥に案内していただき、さらに階段をのぼっていくと…そこには数人の職人さんが黙々と作業をされている工房が広がっていました。1階のショップとは雰囲気が一転し、部屋のいたるところに道具がずらり。

 

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ブーンと、ものを削る低い音が終始工房に響きます。職人さんの足元からはなにやら白い蒸気がモクモク…未知の世界のべっ甲のものづくりに好奇心が高まります。

 

大澤べっ甲_大澤さん

べっ甲は、甲羅の色や模様の入り方によって値段が変わります。みなさんが馴染みのある茶色にまだら模様の入ったものがありますよね。このほかには、希少性の高い”白甲”という、黄色でまだら模様が入っていないものもあり、これが最も高価なんです。

 

_MG_4509これが白甲。黄色く透き通っています

 

yamakoshi

へぇ、カメの甲羅にこんな透き通った黄色の部分があるんですね!この色味が一番高級なんですね…これは甲羅のどの部分なんですか?

大澤べっ甲_大澤さん

甲羅のフチの裏側の部分です。一匹のタイマイから4枚しか採れないので、これでつくったメガネは数十万円、なかには百万円代のものまであるんです。

yamakoshi

そんなにするんですか…!

大澤べっ甲_大澤さん

白甲でないものでも、べっ甲のメガネはだいたい30万円はしますね。若い人にも人気のべっ甲ですが、値段の関係上、本物にはなかなか手が届かないのも事実です。

yamakoshi

街中で1万円で手に入るべっ甲メガネが本物ではない理由がよくわかりました…。

べっ甲がどれだけ貴重なものかがわかったところで、実際にべっ甲メガネの製作工程を見せていただきました!

大澤鼈甲さんでは、職人さんの手仕事と、機械による緻密な作業のそれぞれの利点を生かして、工程を分けています。

まずは、機械では難しい、べっ甲を張り合わせてメガネの形にする工程です!

1、型を取り、張り合わせる
べっ甲の板にメガネの型を当て、美しい模様が出るように考えながら、まずは型を切り出します。

 

_MG_4496メガネの型をべっ甲にあて、職人さんそれぞれが切り出す場所を判断

 

大澤べっ甲_大澤さん

べっ甲は1枚では薄いので、切り出してから何枚か重ねていかなければなりません。

yamakoshi

もともとは生き物ですし、同じ模様はふたつとないということですよね??

大澤べっ甲_大澤さん

そうですね。一つひとつの柄のバランスを職人が感覚で調整しながら切り出して、見栄えがよくなるように重ね合わせています。

 

_MG_4507何枚も重ね合わせて固定するとこんな感じに

 

2、加熱して接着する

切り出して重ねたべっ甲は、熱した鉄板の間に布を挟み、その間にセットして蒸し固めます。工房に入ったときの白い蒸気の正体はこの工程だったんですね。

 

大澤べっ甲_大澤さん

甲羅はたんぱく質でできていて、人間の爪と同じ成分。熱をかけると柔らかくなり、高温で圧力をかけることで重ね合わせたべっ甲同士をつなげることができるんです。

 

_MG_4542蒸気の出ている鉄板の間にべっ甲が挟んである

 

手前に見えるレバーのついた大きな道具は、さらに圧力をかけるときに使うものです。鉄板に挟んだべっ甲をこの下に置き、レバーをぐるぐる回して徐々に圧力をかけていきます。一度熱でくっついたべっ甲同士は、途中で剥がれてしまうことはないのだそう。

 

3、ヤスリをかける

1枚の板になったべっ甲の表面をなめらかにするために、ヤスリをかけていきます。べっ甲の模様が綺麗に出るように微調整するのは職人さんの感性がものを言う作業。

 

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この後、メガネのつるの部分が顔の形に沿うように少し曲げるなど、小さな微調整を何度も繰り返しながら一本のべっ甲メガネができあがります。

 

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また、大澤鼈甲さんでは、壊れてしまったべっ甲のメガネの修理も請け負います。

 

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高価なべっ甲のメガネですが、その分大切に扱えば「親子三代で使える」とも言われるくらい長持ちすることも。生き物由来の原料でできているからこそ、保湿性があり、汗をかいても肌になじんでかけ心地がいいため、長く愛用できるんです。

 

_MG_4529熟練の職人さんが、壊れてしまった部分を新しく再現

 

さてここで、大澤鼈甲さんの強みが隠された別室にも案内してもらいました!先ほどまで職人さんがヤスリでメガネの形を微調整していた作業を、CADやAdobe Illustrator での加工ができるコンピューター制御の切削マシンによってさらに精密に行っていきます。

 

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大きな機械にメガネ型に切り出されたべっ甲がセットされ、小さな刃物が自動でテンポ良く動いています。

 

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先端の刃物を付け替えるのももちろん自動です。ものすごいスピードで効率よく付け変わるので、取材班もびっくり&大興奮でした。

ところで、この機械はどんな風に操作しているんでしょうか?
大澤鼈甲さんでは、機械操作の専任の社員さんを雇っているんだとか。

 

_MG_4552職業訓練校で機械操作を専門に学んできたスタッフさん

 

大澤べっ甲_大澤さん

職人が作業のかたわらで機械を動かすのには、必要な知識が多すぎる。だから、機械操作専門のスタッフ募集の求人を出して、彼にきてもらいました。

yamakoshi

専任のスタッフさんが必要なほど、機械でのものづくりにも力を入れているということですね。

大澤べっ甲_大澤さん

以前はこの工程も職人が手で行っていました。でも、時代とともにOEM商品の発注が増えてきました。お客様の希望通りのものづくりをするのには、機械のほうがクオリティが高いものができるんです。だとしたら、私は機械の技術を積極的に取り入れるべきだと思うんです。

yamakoshi

”質のよい商品をつくる”というのが、大澤鼈甲さんの最終目標なんですね。それにしても高度な専門知識が必要そうな機械…商品ごとに型も変わると思うのですが、どのようにして機械を思い通りに動かしているんですか?

大澤べっ甲_大澤さん

メーカーさんから、商品のサイズが細かく指定されたデータをもらい、その通りに造形できるよう、プログラミングで機械に作業を指示するんです。でもこのプログラミングも、作業する人の感覚や考え方によって、微妙に設定内容が違うようですよ。

yamakoshi

なるほど。機械であれば誰でもいい訳ではなくて、そこに結局は人の感性が必要なんですね。

大澤べっ甲_大澤さん

もちろん。ものづくりには、結局携わる人の感性が何かしらの形で現れると思いますよ。それにいくら機械を導入しても、べっ甲を切り出して接着し、ヤスリをかける作業はやっぱり人の手でしかできない部分です。それぞれの工程でベストな方法を採用するのが、大澤鼈甲としてのやり方です。

職人さんの手でしか生み出せないことと、機械の方が精密で効率的なこと。それぞれの利点をうまく判断してものづくりを行う大澤鼈甲さんだからこそ、若い職人さんを雇って育てられる信頼の環境ができあがっているんですね。

職人さんだけでなく、大澤鼈甲さんでは商品管理や企画職にも若い社員さんを採用しています。

 

デザインやアートの視点をものづくりに

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再び階段を降りると、事務所では若い女性がパソコンで作業をしていました。お願いして、少しお話を伺えることに。2013年に入社した隈井純子さんです。

yamakoshi

現在、大澤鼈甲さんではどのような業務をされているんですか?

大澤べっ甲_隈井さん

今はショップでの販売と、加工補助といって職人さんのお手伝いをしたり、商品の検品作業をしたりしています。もともと美術大学出身で、金属を加工する『金工』を専攻してきたのですが、ここだと手を動かす仕事をしながら、工業製品的なものづくりも経験できることが魅力だと思い、入社を決意しました。

大澤べっ甲_大澤さん

彼女は最近この近所につくったウチのギャラリーの展示なども仕切ってくれているんですよ。

yamakoshi

では、そこでキュレーター的な役割もされているんですか?

大澤べっ甲_隈井さん

大学時代のつながりで、作家活動をしている人が周りにたくさんいるので、そういう人たちの発表の場としてギャラリーを活用してもらっています。週末には私自身も仲間と共同工房を借りて作品作りをしているんですよ。

yamakoshi

そんなアートやデザインへの造詣の深さが、大澤鼈甲さんでのお仕事にも活かせているんですね。

大澤べっ甲_大澤さん

うん、それはすごくいいことだよね。

ギャラリーに足を運んでくる人たちも、まさか老舗べっ甲メガネの会社が運営しているだなんて思わないのでは…?
大澤鼈甲さんの皆さんが、アートやデザインへの感度を高く持っている理由について、詳しく聞いてみました。

大澤べっ甲_大澤さん

もともと僕はそこまで興味があったわけではなく、ギャラリーをつくりたいと言ったのは妻でした。作家さんたちの作品を見ていると、自分たちのものづくりにもよい刺激になるんです。そんな関係性から、一緒に新しいモノを生み出せたりする可能性も広がると思っています。

yamakoshi

大澤さんはものづくりをするうえで美術的な感覚って大事だと思いますか?

大澤べっ甲_大澤さん

デザインには人を惹きつける力がありますよね。僕がこの工房を継いだ当初から重要視してきました。大澤鼈甲のメガネは2013年にグッドデザイン賞をいただいているんです。そのことがきっかけでウチを知ってくれた方も多いんですよ。メガネをデザインするのはデザイナーさんですが『いいモノ・かっこいいモノ』を世に出そうと思ったときに、作り手がしっかりとつくりたいモノのビジョンがあると良いと思っています。そのために、デザインに対するセンスは絶対に持っていた方が強いと思います。

yamakoshi

機械の導入もそうですが、いいモノを世に出したい、という大澤鼈甲さんの想いは芯が通っていますね。

大澤べっ甲_大澤さん

伝統工芸は『変わらない技術を用いながら、変わり続けるものづくりをすること』だと思っています。そのものづくりが伝統として何十年も続いているということは、それだけニーズがあるからですよね。ということは、時代に合わせて少しずつ変わってきているはずなんです。それを僕らも続けていきたいなと思ってやっています。

yamakoshi

伝統工芸として受け継がれてきた技術を残しつつ、アップデートしていくことが大事なんですね。大澤鼈甲さんがアパレルブランドなどとも積極的にべっ甲を使ったコラボレーションをしているのも納得です。

大澤べっ甲_大澤さん

だってもったいないじゃないですか。せっかくずっと続いてるんだから、残していかないと。

21世紀の産業革命みたいな時代

そんな大澤さんにこんな質問をさせてもらうと、意外な答えが返ってきました。

yamakoshi

最近、ものづくりに関わる中で気になっているモノやコトってありますか?

大澤べっ甲_大澤さん

3Dプリンターは気になりますね。

yamakoshi

なるほど!ちょっと意外ですが、今までのお話を伺ったうえで聞くとうなずけます。

大澤べっ甲_大澤さん

現在は産業革命みたいな時期だと思ってるんです。少し前まで、3Dプリンターなんてものなかったでしょう?個人が何かつくろうとして、簡単にできる時代がきているのを実感します。その中で、僕たちは何を生み出すかですよね。面白い時代になってきたと感じています。

産業革命。

歴史の教科書でしか聞くことなんてないと思っていた言葉をさらりと発した大澤さんの思想の背景には、現代のものづくりの世界に起きている大きな変化が影響しているように思いました。

18世紀のイギリスで起きた、蒸気機関の登場による工業の飛躍的な発達は、だれもが知る世界を変えた大きな出来事ですよね。

これに対し、21世紀の産業革命は、一体世界に何をもたらすのでしょう。

大澤さんのおっしゃる通り、大企業だけでなく誰もが簡単にモノを生み出せる現代。それと同時に、伝統技術を受け継いできた職人さんにしかつくり出せないものづくりにも、スポットライトがますます当てられていることを、取材を通じてひしひしと感じます。

こんな時期に自分たちがちょうど生きていると考えたら、改めて、これからの社会がもっと楽しみになってきました。

店舗情報

大澤鼈甲:東京都文京区千駄木3-37-15
営業時間:9:00~18:00(土曜日のみ17:00まで)/ 定休日:日・祝日
ギャラリー White Gallery:東京都文京区千駄木2-35-2
※オープン時間は展示内容に準じます


作者情報(一覧を見る)
shiori
山越 栞

フリーランスライター・編集者
「日本のかっこいいところを見つけて、もっと多くの人に伝えたい」そんな想いで執筆・編集などに携わる。10代から始めた茶道は現在も勉強中。