富士山の山頂から東側に広がる、山梨県の富士吉田市。

昔から織物の産地として有名な富士吉田市に、ネクタイブランド「HADACHUのネクタイ」を世に送り出す老舗の機織り工場、羽田忠織物(はだちゅうおりもの)があります。

一口に「ものづくり」と言えども、作り手さんは様々なタイプに分けられます。
オーダーされたものを最高レベルで仕上げる方。
ものに自分の世界観を表現しようとする方。
使い手が欲しいものを想像して作る方。

羽田忠織物は「どんなタイプ?」なんて簡単にはカテゴライズできなそうで、もっとふわりと自然体です。

おしゃれをすることが好きな男性なら、HADACHUのネクタイが似合う人になりたいと思うだろうし、ついつい女性も大切な誰かにプレゼントしたいと思わせてしまう、そんなものづくり。

この魅力を余すことなく感じられる素敵なショールームと、ネクタイを世に送り出す張本人の羽田さんたちと、その生活。

この場所には「オリジナル商品を生み出す秘訣」になるストーリーがたっぷりと眠っていそうです。

 

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もくじ

入った瞬間に惹き付けられる、とにかくおしゃれなショールーム。

待ち合わせ場所に着き、柔らかい笑顔で出迎えてくれた、おしゃれなジレを着た男性と、カラフルなシャツに小ぶりの蝶ネクタイを着けた女性のお二人。

羽田忠織物の代表の羽田正二さんと、天野由美子さんです。

 

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この羽田忠織物の歴史は、昭和10年にまで遡ります。正二さんのおばあさまの代から、シルクの座布団の生地や裏地を作る機屋として創業。昭和40年頃からネクタイ生地の製造に一本化し、現在は、富士吉田を代表するネクタイ専門の老舗メーカーの一つです。

ひと足、工場の横に設えられたショールームに入ると、白いタイルのオープンキッチンやDucatiのバイクが目に飛び込んできます。
小さなバイクにつながれたリアカーには、蝶ネクタイをあしらった糸のコーンが飾ってあったり、白いシャツにネクタイをつけたトルソーが仲良く並んでいたりと、かわいらしい雰囲気。

 

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部屋の奥にも、女の子のイラストのポスターや、カラフルな生地が入った真っ赤なシェルフがあったり、空間がポップな雰囲気で統一されたコーディネートを施されています。
木目のフローリング床に、真っ白な壁。高い天井からは、おしゃれな照明が吊り下がり、壁に沿って並ぶ木の柱からは迫力も感じます。大きな窓には堂々とした富士山と町並みの景色が映り、たっぷりと光が入ってくる。

ネクタイが並ぶ棚にはポルシェやバイクのミニチュア、アンクルトリスの人形などがさりげなく置かれて、細かい部分の演出も抜かりありません。
壁一面に整列した色とりどりのネクタイのおかげもあって部屋が明るく、居心地がよくて、まるで郊外の別荘に招かれているような気分に。

 

_MG_3608イラストも羽田さんが自ら調達したお気に入り

 

木目の棚にきれいに並んでいるのが羽田忠織物のファクトリーブランド、「HADACHUのネクタイ」です。
このネクタイ、よくよく見てみると、普段ネクタイと言って思い浮かべるようなフォーマルなシーンやビジネスで使われる、光沢のある生地のものは一切見つかりません。
カラフルな色目のもの、格子柄、麻混生地のもの。ピンクをアクセントに使ったり、オーガンジー生地で芯のないネクタイがあったり…今までに目にしたことのない様なデザインが並びます。

—とても魅力的だけど、老舗機屋のネクタイメーカーがどうやってこんな素敵なネクタイを?
ふと、そんな疑問を持つほど見渡しただけで心をぐっとつかまれてしまいました。

終始、ニコニコと話してくれた羽田さんと天野さん。
お話を聴くと、ブランドの世界が見えてきました。

 

羽田忠織物のファクトリーブランド「HADACHUのネクタイ」

「HADACHUのネクタイ」は、2003年に立ち上げてようやく8年を迎えます。
ブランドを代表するのは、ジャガードのレピア織機で織られたネクタイと、伝統を継承した紗織り(しゃおり)のネクタイ
ジャガードのレピア織機で織ったネクタイは、しっかりと肉厚感を持つ生地です。
一方の紗織りは、タテ糸とヨコ糸を絡ませて織る、大変手間と技術のいる織り方。生地が薄く透き通り、爽やかな印象に見えるのが特徴です。

ここではシルクウールやシルクリネンなど、混合糸の生地も織ることができ、混合する糸によって、様々な表情の生地やネクタイが仕上がります。

 

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「HADACHUのネクタイ」のネクタイは、全て羽田さん自身がデザインしたもの。

羽田さんの趣味であるバイクや外車のカラーリング、また昔から好きだというサビニャックなどのフランス画家のポスターや、グラフィックからデザインのインスピーションを得ているそう。

ドライブが好きな羽田さん。休日には富士山を横目に愛車を走らせます。
「自分が好きなものに囲まれていることが幸せ」と羽田さんは話します。

そんな羽田さんがラフデザインを描き、生地へと落とし込みます。
羽田さんが作り出すネクタイは、カジュアルな服装にもほんの少し、キチっとした印象を添えてくれる陰の立役者です。

 

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今でこそ、独特の風合いで人気の「HADACHUのネクタイ」
ブランドとしての地位を確立するまでには長い道のりがあったと言います。

ブランドの立ち上げ当初は「従来のネクタイを購入する層をターゲットとすれば売れるだろう」とデザインを起こし、商品開発を始めました。
ネクタイ以外にも帽子やクッションカバーなどのアイテムを揃え、ブランドとしてのスタートを切りました。

ところが、これでは他社と差別化がされないことが原因なのか、商品は一向に売れず。

「新商品の発表や展示会への出展で、色んな方との出会いやたくさんの会話を通して、ブランドとしてはやはり自分たちが一番得意とするネクタイに絞ることにしました。」と羽田さんはこの時の迷いを教えてくれました。

 

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「『シンプルに羽田さんの好きなものや、身につけたいと思うものを作ったらどうか?』知人のそんな言葉がきっかけになり、よりブランドとして個性を打ち出していくようになったんです。」

つまり羽田忠織物の場合は、マーケットを意識してそれに沿った商品開発をするよりも、自分が本当に好きなものを作って届ける形に商品構成を見直してから、今までの売れ行きが嘘のようにネクタイが売れる様になったんです。

積極的に外へ出ていき、良いことも悪いことも色んな人からインプットをしてまとまった今のかたち。

羽田さんは「始めはほんと全然売れなかったんですよね〜。」と、笑いながら言うけれど、ブランドを立ち上げてから試行錯誤を経てきたからこそ、唯一無二の存在感を持つデザインのネクタイが生まれたのだと思わざるを得ませんでした。

 

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ホコリも無さそうなほど、きれいな工場で生まれるブランドプロダクト

ここからはショールームを離れ、「HADACHUのネクタイ」が生み出される工場を見せて頂くことに。

フローリングの工場に入ると、糸を保管する棚や作業台、2台の大きな旧式のレピア織機がドンと構えます。
それでも、ネクタイのバリエーションの多さからは、想像よりも小ぶりの工場の印象。しかし何よりも、床に糸くずらしきものは全くと言っていいほど落ちておらず、とても綺麗な工場。百景取材班も「こんな綺麗な機場もあるんだ!」と感嘆してしまうほどでした。

「一日の大半を過ごす場所だから、ずっといたくなるように、きれいにしていたいんですよね。」

 

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機織り場の特性上、織る際はホコリがでやすく、まめに掃除をしなければ、床や機械周りにはホコリがたまっていく一方です。
それでも、きれいな工場を保って日々の仕事をしているところに、ふと羽田さんの仕事生活からこぼれる美意識が感じられます。

 

カラフルなネクタイが生まれる2台の旧式織り機と羽田さんのこだわり

ネクタイ用の生地は、織り幅が1mほどで、約50cmを織って2本分のネクタイを取ります。ここにある2台のレピア織機は、張っている経糸(たていと)の色を白と黒の2色で使い分けをしており、緯糸(よこいと)は一度に8色まで使って織ることができます。約1万本の繊細な糸が集まって、一枚の布として織り成されて行くようすは、とてもダイナミック。

 

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生地に凹凸の模様を出しながら織るジャガード織機。機械の上の方に吊ってある約10cm幅の板の連なりは紋紙(もんがみ)といって、生地の設計図のようなもの。紋紙に記した穴の位置によって経糸(たていと)をコントロールして、生地に模様を織っていきます。
機械を動かすと板が次々とまわっていき、バタバタとリズミカルに音を立てていきます。

 

_MG_3646羽田さんの手先に見えるのが「紋紙」です

 

時代が移り変わって生産の技術がハイテク化・デジタル化される中、羽田忠織物では自身でも紋紙が作れるように、織機に専門のソフトや機械を導入するなどのカスタマイズやメンテナンスを施し、2台の旧式の織機を今でも大切に使っています。

こうして長年、羽田さんが旧式のレピア織機を大事に使っているのは、織り上がりの風合いにもこだわっているため。

旧式の織機は、出来上がりの生地によい風合いを出してくれるんです

シャトル織機は左右に往復して生地を織ります。
よこ糸は切れずに生地上を往復するため、セルビッチと呼ばれる耳ができます。

羽田忠織物で使用するレピア織機の場合は、シャトルではなく矢が飛びます。
織機の左側にセットされたよこ糸を、矢がつかみ右側に運んでいきます。
これを繰り返して生地が織られます。

効率的に生地が織れる高速織機ならば、生産量もグンと上がります。
しかし、高速織機の場合は行き来するこのシャトルのスピードに耐えられるように、使用する糸に強い撚り(より)をかけて織る必要が出てきます。
すると、紙のようにかたい風合いの生地に仕上がってしまうことも多いと羽田さんは言います。

※シャトル・・・生地を織る際に、経糸(たて糸)に緯糸(よこ糸)を通すために使われる道具。
※撚り・・・糸を目的の太さにするため、力を加えてをねじり合わせること。

 
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このペーパーライクな生地では、羽田さんが表現したい優しい風合いを得る事は出来ません。

多少の織る時間や手間がかかっても、風合いにこだわりを持つのが、ここでの羽田さんのものづくり。

機械の前に構え、仕上がりの様子をしっかりと目で確認しながら、生地を織っていきます。羽田さんの頭の中のデザインイメージを実際の生地に落とし込んでいく瞬間です。
きっと長年のOEM生産の工場としての経験により為せる技なのでしょう、機械を動かしながら自ら微調整を行い、デザインや生地の完成度を上げていきます。

季節によって、気温や湿度を考慮して織る必要も出てきます。
特に空気が乾燥しがちな冬の時期は、静電気が悪さをするせいで、途中で機械が止まり織れなくなってしまうこともしばしば。

金糸を3本使って輝いていた生地が、静電気のせいで織れず、やむなく3本分と同じ太さの1本の糸で代用。しかしそうすると、生地が全く輝かなくなってしまう……生地にこだわるからこそ出てくる生産時のトラブルエピソードです。

理想の生地を追い求めるのは一筋縄ではいかず、常に根気のいる作業が必要とされます。

※金糸・・・金色に輝く糸。織物のほか、刺繍などにも使われる。

 

_MG_3686百景協力隊も普段は見る事のできない機屋さんの内部に興味深々

 

羽田忠織物とテキスタイルの街、富士吉田

今日までネクタイブラントとしての信頼を築き上げてきた羽田忠織物にも長い歴史の系譜があります。
羽田忠織物は昭和10年にこの富士吉田で創業し、羽田正二さんで3代目。

創業当時、この富士吉田には蚕を育て幼虫を売りにくるお蚕さんと呼ばれる方がいました。
それぞれの機屋で繭を買い、繭から糸をつむぎ、染色、紡績、生地の生産までを一貫してや行っていました。生産規模がどんどん大きくなったことで分業化し、それぞれの工程が専門のメーカー化していく。そんな流れで現在に至るのが富士吉田の織物の歴史です。

 

_MG_3574奥にはぼんやりと富士山が。最高のロケーションのショールーム

 

着物の派手な裏地や座布団生地などの製造販売から始めた羽田忠織物。
2代目である正二さんのお父さんが、織物産地である東京の八王子に織物について学びにいったことがきっかけで、生産する生地のアイテムをネクタイに絞っていきました。
ちなみに当時は産地間での情報交換も頻繁に行われていたようです。

羽田忠織物の周辺には、同様のネクタイの工場が複数あります。また、ネクタイ以外にも布団やストールなど織物工場の多くが、富士山のふもとの一角に集まります
現在は、産地の横のつながりを大事にしようと、地域の機屋さん11ブランドを集めてイベントを開催中。 今後、織物産地としての富士吉田の新しい動きにも期待が高まります。

 

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OEM生産主体からファクトリーブランドへ。羽田忠織物の今後の夢とは?

富士吉田の老舗、羽田忠織物はかねてからの主軸であったOEM生産を現在は生産量の10%程に抑え、自社ブランド「HADACHUのネクタイ」に注力しています。

自分が身につけたいものを作るようになってから、憧れていたブランドの方から声をかけてもらい、ダブルネームで製品を世に出すことも出来ました。

謙虚さが溢れる笑顔で、羽田さんはブランド軌跡を話してくれました。

 

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ブランドをやっていく上では自分がやりたいことを「口に出す」ことが大事だと気付いたと言います。

「あのブランドと一緒にお仕事がしたい、こんなショップにHADACHUのネクタイを置きたい。」

そして実際に一緒にお仕事をしたいと思うブランドやお店を口に出すと、どこからかご縁がつながって、夢だと思っていたことが実現してしまったことも多いと羽田さんは話します。

それもきっと、羽田忠織物のブランドに息づくつくり手側の自然な優しさと自然なライフスタイルを皆さんが感じているからなのでは…?

いつも羽田さんの頭の中には、未来のイメージがたくさんです。
頭の中で想像したイメージが叶うなんて、とても夢のあるお話ですよね。

「おかげさまで、どんどんやりたいと思っていた夢が実現しつつあります。」

今後は、ネクタイ以外にも作りたいものがたくさんある、と朗らかに話す会話の中で、帽子や下着、お洋服、椅子など、具体的なアイテムも次々と挙がってきました。

ー羽田さんにとってものづくりとはなんですか?

そんな私たちの質問に
「うーん…。ものづくりは食べて行くためとかではなくて、ライフスタイルの一部でしょうね、作ることも含めて
と今までのお話からも納得のいく回答をしてくれた羽田さん。

素敵なデザインのネクタイはもちろんのこと、決してトントン拍子ではなかっただろう今までの取り組みのことや、ものづくりに対するちょっとした違和感を素直に話してくれる羽田さんの人柄には、すぐに惹かれてしまいました。

ものづくりの先にある、人の思い。思いを現す発端となるその個性とライフスタイル。
世の中で輝くものづくりの背景には原石が存在することを、改めて知る機会になりました。

—今後は、世界にも挑戦?

謙遜しながらおっしゃいますが、ぜひこの富士吉田からさらなるチャレンジをもっと実現していって頂きたいなと思います。

 

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作者情報(一覧を見る)
美帆沼尻
沼尻 美帆

2016年、富山県・射水に移住。ローカル発信のウェブメディアを運営しながら、とある小さな港町で、まちのにぎわい作りと移住支援を中心に活動中。

https://imizuportal.wordpress.com/