和歌山県の霊峰、禅宗の総本山もある高野山のふもと街、高野口(こうやぐち)に位置する繊維工場の原田織物。

分業化が進んだこの繊維業界の中で、染色を除き、糸をそろえて編み立てるところから最終製品までを一貫して請け負うとても珍しい工場があります。

先細りしていくと見られている繊維業界の中、原田織物では現在でも社員さんが増え続け、右肩上がりの成長を続けています

いたいなぜなぜ───?
自ら在庫のリスクをとり、機械を導入し、人を雇い、挑戦を続けるのか。

取材対応して下さった原田織物の平畑さんのお話を聞くと、繊維業界における国内のものづくりの未来に危機感を抱き、縁の下から業界を支えようとする熱い意志が伝わってきました。

普段は撮影もNG。

こんなに明るい未来でいっぱいの会社が増えればと想いをこめつつ、ベールに包まれた和歌山の原田織物の知られざる成長の秘密をお伝えします!

 

_MG_9901-min原田織物のラッセル編み機について説明を受ける百景取材隊

 

高野口の産地と原田織物のはなし

この高野口(こうやぐち)周辺の地域は江戸時代には綿花が多く栽培されたため、木綿織物が栄えました。その後の明治になり、ネル生地が発達。大正時代には現在のパイル織物(編物)が考案され、一大産地として次第に形成されて行きました。

もちろん現在でもこの高野口はカットパイルや再織り(さいおり)が特徴の産地です。カットパイルが使用されているのは、電車の座席シート等でお馴じみのけば立った素材で、毛布やフェイクファー等にも使用されています。この生地を織る機械は、国内でもこの高野口にしかないそうです。

※パイル織物(シールメリヤス)・・・織物(編物)のベースの生地にパイル糸が織り(編み)込まれているもの。

 

_MG_9822東京から車で向かう道中、思わず足をとめた棚田

 

この高野口、かつては街のあちこちで機(はた)の音がしていました。高野口産地の一番のピークは25年ぐらい前で、人口では当時2万人程度。それでも全体で750億円ほどの生地の出荷金額があった様です。それが現在ではその10分の1になりました。

※機(はた)・・・織物をつくる機械のこと

原田織物の歴史は、1948年より先代が海外向けの輸出を始めたことでスタートします。当時では珍しいレーヨンを使用したディッシュクロスや綿のランチョンマットを製造していました。

その後は、現在の二代目の社長さんが急きょ、後を継ぐことになります。当時は円高により、国内で輸出をベースとしていた会社は、円が一気に上がり、1ドル180円前後で採算が全く合わなくなってしまいました。仕事はあるけれども、やってもやっても赤字。そんな状態が続いたそうです。

バトンが受け継がれた原田織物。その後なんとか最悪の事態を免れはしたものの、このままでは会社がまずいーーー東京に売りに行かなければと、社長の心に火が付きます。社長が東京で卸先を自ら開拓しにいき、立て直し、会社を継続させていきました。

 

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_MG_9831当時のディッシュクロスのサンプル

 

それでは、さらに原田織物さんのお仕事の実態へと迫っていきましょう!

 

原田織物の秘話

原田織物は現在でもほとんどがOEMで成り立つ会社です。OEMとは、誰でも知っているアパレルショップ等から『こういう商品を作りたい』とオーダーを受け、生産することを言います。いわば黒子の存在です。取材を受けてくれた際も「あまりうちが前面に出てしまっても…。」と謙虚なご様子。

それでも、確かな理念と技術で繊維産業から日本のものづくりを支える縁の下の力持ちの会社さんをセコリ百景で紹介させてもらわない訳にはいきません。

原田織物が今も多くのお客さんから信頼を集める秘訣は、短納期で小ロット生産が可能なところにあるようです。そこに国内生産での確かな品質と、その品質を担保する経験がプラスされるのであれば、たくさんの受注が集まる事実にも疑問を抱く余地はありません。

受注仕事とはいっても、構えて待っているだけではないのが原田織物の特徴です。お客さんから発注を受ける際には、原田織物からもガンガン提案をして行きます。ほとんど原田織物さんが企画の決定することも少なくないそうです。お客さんとのコミュニケーションを大切にした結果、その流れが独自の生地開発に繋がったりと、イノベーションを起こすこともしばしば。この姿勢に伴い、少しづつ原田織物の商品数も増えて行きます。

 

_MG_9847これはカットパイル。原田織物提携の機屋さんで作られる

 

UTUKUSHI3点イメージ表面が綿、裏面がマイクロファイバー。原田織物の特徴でもあるパイル抜けのしないタオルハンカチ

 

さて、いったいこの原田織物の工場内の様子はどうなっているのでしょうか?

 

原田織物さんの繊維工場へ潜入

「工場として作れるものをただ作るのではなく、お客さま(消費者)が欲しいと思うものを、作っていきたいと思っています。」この平畑さんの言葉は実績が証明しているとも言えます。

ここ原田織物ではラッセル編み機と呼ばれる機械での、経編み(たてあみ)がメイン。原田織物のラッセル編み機の特徴としては、幅180cm 、経糸ひと巻き500m程度の少量で生産が可能なところ。

「織物も対応可能ですが、織物になると最低のロットが2〜3万メートルになります。これは外機(そとばた)でお願いしていて、その場合も年間契約でお願いし、在庫リスクを100%うちが取って、そこに発注者さん側で乗っかってもらう形で進めさせて頂いてます。」

編みでも織りでも、お客さまのために、依頼主の様々なリクエストに応えてくれる原田織物です。

 

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ここから先は、整経・編み立てから仕上げまでワンストップの生産体制をとる原田織物の工場内を案内して頂きました!これだけの工程が一社で完結することに驚きです。

整経(せいけい)

 

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機械に載せる糸の準備。量が少ない場合は、タイコに一度巻いて再びビーム(たて糸をまく巻く横棒)に巻き直す部分整経で少しづつ巻く。ここでも女性の方たちが大活躍。

編み立て

 

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一本ずつ糸を通し機械にセットする。ラッセル機による経編(たてあみ)。緯糸(よこいと)の役割をする糸が左右に動いて編まれていく。小幅から広幅までを自由に設計して織ることが出来るのが特徴。

加工

 

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織られた生地に加工がされることで風合いが変わる。UVカット加工やヒアルロン酸加工等様々な加工がある。原田織物オリジナルの機械。生地を見極め加工すべきかを判断する。


捺染(なっせん)/プリント

 

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小幅の捺染(なっせん)をするため、自社で独自の捺染機を導入。オーダー通りの色出し精度も定評がある。捺染する際に使用する型枠も将来的には自社で作る予定。こだわりを貫くには自分達で作るしかない!

裁断

 

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手で裁断する。重ねて裁断するとズレに繋がる可能性があるのであえてせず、検品も兼ねながら丁寧に裁断。

縫製

 

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地元の主婦の方が活躍。女性達が真剣な表情でミシンに向かう。数種類のミシンを使い分けて細かいオーダーに対応する。

検品

 

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一つ一つ手で丁寧に検品する。一人当たり1日1000枚程度をさばく。全員が女性。五感を使って検品する趣旨のスローガンが印象的。検品でも一人前になるまで3年はかかる。

完成

こうして、原田織物ではボディタオルやハンカチ、キッチン雑貨やてぬぐいに至るまで、商品が次々と完成して行きます。各工程には原田織物ならではの技術やノウハウが詰まっていました。そしてこれらの工程は沢山の人で支えられています。工場を支える現場力の源泉を見ていきましょう!

 

原田織物が成長し続けるワケ

 

_MG_9970工場内を案内してくれた営業企画部の部長、平畑さん

 

原田織物の工場内でも多く活躍する若手の方々。なぜこれほど若者が集まって来るのでしょう。

日本の繊維産業を守って行きたいし、次の世代に繋いで行きたいと思っています。」と平畑さん。

売り上げの割に、人が多いと言われる事もあるようです。取材時も、工場のみなさんが決まりごとでは無いのに積極的にあいさつをして下さり、工場から湧き上がって来るパワーを感じました。

「働いてくれる人はある意味、会社に人生をかけてきてくれているので、報いるようにするべきだと考えています。だから、抑えつけず、自主性を持って取り組んで欲しいと思っています。」

新卒の方も積極的に採用をしているとのこと。

 

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「工場では26歳で現場を任されてる者もいます。現場で働くこともとても大切ですが、現場担当でも海外や東京の展示会に連れて行ったりと、沢山の繊維に関わる経験をしてもらって、単純作業だけの世界ではない事を伝えようとしています。

自分たちの仕事の先にどんな世界が広がっているのか、現場でただものづくりを続けるだけではなく、必要なイメージですよね。

さらに詳しく平畑さんに話をして頂きました!

 

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現場では結構厳しいことを言わないといけないこともありますよ。仕事は段取りですべてが決まるといっても過言ではないですが、その段取りをしっかりしようとすると、中小の社長さんの感覚で仕事をしてもらう感覚でないとだめなんです。そうなると、出来ることはやりたいようにやらせてあげる 度量が必要だと思いますし、細かいことをアレコレ言うのは自分で自分の首をしめることになると思います。

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自由を与えれば責任が伴いますもんね。それでも自分で選択して進めていくプロセスは与えられた仕事をこなすことでは体験できない醍醐味がありますよね。あと、原田織物では売上目標が存在しないって本当ですか!?まだまだたくさん成功の秘訣がありそうです……。

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はい。目標の数値はありません。でも成長し続けているんですよ(笑)。今までの努力がやっと効いてきた感じがしています。1つの商品が完成する背景には、今まで原田織物がやってきたお仕事の何千何万の積み重ねがあり、その都度お客様に合わせて考え、変化して来ているので、仕事の奥行きが違うと思います。生地も2万点ぐらいありますよ。その経験の蓄積が財産です。そしてここでは仕事をするのは僕一人ではありません。会社はそれぞれの人の得意分野で成り立ち、それがパズルのようにピースがはまって初めて一つの力になるものだと思っています。

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今までの努力の積み重ねと、チーム力がポイントですね。オーダーをした際に、1から段取りして、最後までやってもらえるようなところは他には無いんじゃないですか?チーム力があるからこそですよね。

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そうですね、あまり無いと思います。あとは、うちでも社外の方と連携していることも多いんですよ。協力しているニッターさん達にも、今後私たちを通し、お仕事をつないで行けるようにしなければと感じます。尾州・播州・泉州など各産地の機屋さんとのつながりもありますので、今までお世話になった、こういった方々に恩返しができればと思っています。

「自分たちだけが良ければ」では絶対に成功しない

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この経済状況の中で成長されている事に本当に驚きました。でも実際に工場の中を見学したり、お話ができて、原田織物さんの強さの秘密が少し明らかになった気がします。

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10数年前に想像していたことが、やっと最近になって時代とフィットしてうまく歯車が回り始めたかもしれないですね。国内の繊維業を残していくことは大切だと思いますし、自分たちに課せられた使命だと感じています。

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企画に短納期に小ロットでの一貫生産。本当に今の時代に求められている要素を取り揃えていますね。これって簡単にやろうと思って真似できるものではないですよね。海外で生産をしても、なかなか思うような製品が出来ず、困られている方もいるみたいですね。

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私たちは今後は自社企画力も強めていきたいんです。社内にデザイナーがいないお客様に対し、細かいフィードバックを提供できない事が、もったいないと感じていました。そこで、いいタイミングで巡り合えた、店頭販売から商品企画までのノウハウを持つ増田が会社に賛同してくれました。工場なので、今までは最終のお客さんに近い経験を持つ人材は私と社長くらいしかいませんでした。増田は販売の経験もあり、お客さんに近いところをカバー出来るので、私たちにとってはとても心強い味方なんです。

実は、今回お話し頂いた平畑さん自身、現在の原田織物の社長さんと以前から面識があり『この人と一緒に働いてみたい!』との思いでここに入社した一人。原田織物では、企画や営業の職種でも現場の経験をすることを求められていて、平畑さんは、職人になるつもりでこの会社へ飛び込んで来たそうです。

過去現在、多くの方がこの原田織物のDNAに賛同して集まって来ている様です。周りの人々をたくさん巻き込みながら、会社としても、産地としても成長して行こうと原田織物は先頭に立ちます。

 

_MG_9985左にいる女性が企画の増田さんです

 

原田織物が繊維業界に情熱を注ぐエピソードをもう一つだけご紹介します。

和歌山では一列機(いちれつばた)と呼ばれる、手機(てばた)にモーターが付いた、機織り機の原型に近いものが地域に多く残っていたようです。しかし、これもまた消え行く運命でした。
「これは失くしたらあかん!」
原田織物では技術を残したいとの思いから、地域の一列機の機屋さんと一緒になり、よこ糸がリネンのストールや、ディッシュクロス、ドビー織りでは布おむつや、キッチンクロス他にも様々な商品の企画をしています。

※ドビー・・・経糸(たていと)を操作し、小さい模様を織るための装置をドビー装置と呼ぶ

これらの商品達は近年、需要が復活して来ています。原田織物が支えていきたいと行動した小さな努力が、国内繊維業のものづくりの未来へと繋がる芽を産み出しています。

「自分たちが良ければいいなんて、せこい考えをしていたら絶対にだめだと思います。社内の仕事をもし切らせても、外の仕事は絶対に切らさない!そんな覚悟でお仕事をさせてもらっています。」

平畑さんのその言葉を聞いて、このDNAこそがお客さんも社員も呼び寄せる一番のエンジンなんだと感じました。原田織物では皆で一緒になり、産地を盛り上げて行こうと考えています。

衰退産業と言われている繊維業の中でも「未来は明るい」と、僕たちまで元気を分けて頂いた和歌山県の原田織物。

日本のものづくりの再生の芽は、こうした努力を積み上げてきた人々によって、僕たちがまだ足を踏み入れたことがない各所で産声をあげているのかも知れません。


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大滝 洋之

Brightlogg,Inc.代表
歴史と伝統に敬意をはらい、ものづくりを現代の価値観で再解釈し、未来に繋げることを目指す。都内を中心に全国を巡りセコリ百景を運営する。