——山あり、水清きところに和紙は生まれる

古くからの言い伝えに、こんな言葉があるそうです。

まさにそんな条件に恵まれた場所で、今もなお「手漉き(てすき)」のみで和紙を作り続ける職人さんがいます。

手漉き和紙の魅力は、あたたかさすら感じられる、やさしい手触り。機械でつくられた紙に慣れてしまっている分、その風合いに私たちは魅力を感じるのかもしれません。

今回伺ったのは、栃木県は那須烏山(なすからすやま)市にただ一軒だけの和紙工房、福田製紙所さん。
社長の福田さんが、お仕事の合間に取材に応じてくださいました。

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【大きな 簀桁(すけた)と呼ばれる、竹ひごやすすきを原料とした萱ひご(かやひご)を編み上げた道具を使用し、熟練の手さばきで和紙が生まれていきます】

和紙の里、烏山

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栃木県の烏山地区は周囲を那須・八溝の山々に囲まれ、すぐそばには清流の那珂川(なかがわ)が流れる、自然豊かな土地。

和紙の原料となる楮(こうぞ)の栽培に適していたため和紙づくりがはじまり、古くは奈良時代に、奈良県の正倉院へ和紙を納めていたという記録が残っています。

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これが楮。和紙の原料には他に三椏(みつまた)と雁皮(がんび)という植物もありますが、楮の特徴は、中でも繊維が強靱なところ。そのため、障子紙や傘などの日用雑貨に広く使われてきました。

烏山は、1190年頃の鎌倉時代に和紙づくりの本場であった現在の福井県から技術者を招き、本格的に産業として動き出したそうです。

烏山和紙の代表は「程村紙」(ほどむらし)という、厚くて丈夫に漉(す)かれた紙。国の重要無形文化財にも指定されています。和紙の折り目の切れにくさが有名で、実際に触れさせていただきましたが、一般的な和紙よりも肉厚感がありました。筆記用ではなく、傘や障子などの生活用品に使用され、「厚紙=烏山」とされた時代もありました。

福田さん「最盛期は明治時代にまでさかのぼります。当時は烏山和紙をつくる職人の家が1,000軒くらいありました。那珂川には東京へ和紙を運ぶ帆船がたくさん行き来していて、町には人とお金が溢れていたと聞いています」

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烏山和紙ができるまで

福田製紙所では、現在も当時と変わらぬ技法で、福田さんが毎日せっせと紙を漉いています。その貴重な工程を、丁寧にご説明いただきました!

_MG_0153【福田製紙所で栽培中の楮(こうぞ)。成木は3メートルあまりにもなる。葉が落ちてから伐採し、皮をはぎだします】

①楮から和紙の原料のみを取り出す

まずは楮の木の皮をはぎ、表面の茶色の部分をさらにはがして、内側の白い皮のみを煮出します。

_MG_0131【煮出して柔らかくなった繊維】

②煮出した楮から、繊維の堅い部分を取り除く

煮出した繊維を水槽に入れ、和紙に適さない硬い繊維を一つひとつ手作業で取り除いていきます。次の工程に移れる量になるまで、1人だと2、3日もかかります……。

_MG_0126【なかなか根気のいる作業。】

③機械を使って繊維を細かくする

不純物を取り除いた楮を、今度は機械にかけて繊維を細かくしていきます。
そうすることで、綿のような状態に変化していきます。

_MG_0036【商品によって材料の配合が違うので、1回ごとに機械を洗わなければなりません】

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④水槽に原料を入れ、とろみをつける

いよいよ漉く準備。那珂川の澄んだ地下水を張った専用の水槽に、先ほど細かくし、上の様になった楮(こうぞ)を入れます。さらにそこへトロロアオイという植物の根の部分から抽出した「のり」を追加。そうすることで全体にとろみがついて繊維が均一に混ざるうえ、紙を漉いた際の水切れのスピードが遅くなるので、すくった繊維を平らにのばしやすくなるのだとか。

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【「のり」の量は、その日の気温によって感覚で判断。同じ製品をつくる場合でも冬場と夏場では配合する量が全く異なります。経験を積んでいるからこそできる作業。職人の腕が鳴ります】

⑤すだれを使って漉く

いよいよ漉く段階。ここは動画で職人技を堪能してください!

 

1:化粧水(和紙の表面になる部分)をすくい、横揺れさせないように手前から向こう側へとすだれを動かす。これが和紙の表面になる。
2:一定量の繊維をすくい、均一にのばす。
3:和紙の裏側になる部分をつくる。最後に表面に残った水を手前から一気に向こう側へ流すことによって、繊維の方向を一定にする。

⑥漉いた和紙をはがす

漉いた和紙を台の上ですだれごと裏返し、型からはがします。先ほどの工程で表面の繊維を一方向に整えてあるので、きれいにはがれるのだそう。製品としてできあがった際にも、一枚一枚めくれやすくなります。
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_MG_0067【このときは栃木県のマークを透かしで入れていました。透かしを入れる場合はあらかじめすだれに型を乗せておくことで、その部分の繊維が薄くなるように計算されています】

福田さん「この方法はお札の透かしをつくる場合とは逆なんですよ。偽札の製造に悪用されるのを防ぐためです。以前イベントで、お札と同じ製法で透かしをつくるのを披露したのですが、ものすごい警備体制で、完成したらその場で破かないといけないという徹底ぶりでした(笑)」

⑦水を切る

漉き上がったら、まずはそのまま丸1日かけて水切りをし、その後に木の重しで少しずつ圧力をかけていきます。

福田さん「お豆腐を上からいきなり押すとぐちゃぐちゃに崩れてしまいますよね? 和紙もそれと同じ。少しずつ、やさしく圧力をかけていくことが大事なんです」

_MG_0108【5、6㎝の厚みがあった和紙が、この作業で1㎝にまで薄くなるというから驚きです】

⑧板に貼り付けて乾かす

水分がある程度飛んだら、専用の乾燥機に貼り付けいよいよ仕上げです。この乾燥機、中が空洞で水が入るようになっており、下で火を焚いてそれを温めることによって表面の温度を上げます。和紙を貼り付けることで急激な温度差で和紙の表面がゆがむのを防いでいます。
乾燥器を使用しない際は、板に張り付けて屋外で日に当てて干す方法も行われています。

_MG_0114【これは体験で子ども達が漉いた和紙。板に貼り付けた方が、つるつるした紙の表面になります】

このようにして、一枚の和紙ができあがるまでに、約1週間もの期間が要されるのだそうです。

_MG_9995【外では和紙の原料の楮(こうぞ)を天日干ししていました】

福田さん「発注いただくなかで最も多い用途は、卒業証書です。ここ数年は、約3万枚の卒業証書用の和紙を、半年間で漉いています」

昼間に和紙を漉いて、夜中に原料を仕込むという、かなりハードな作業をこなすこともあるそうです……。

福田さん「職人は芸術家ではないので、常にまとまった量をつくることが求められます。しかしそのレベルにまで達するのは決して楽ではありません。たまに若者が修行したいとやってきても、一通り頭で理解できたらすぐに辞めていってしまうんですよね。一人前になるためには、ただ技術を教わるのではなく、自分で最善の方法を導きだそうとする努力が必要だと思います」

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例えば和紙を漉くすだれは、写真のように天井から糸で吊ってあり、このセッティングは一人ひとりの体型によって全く異なります。すだれを両手で持ったときにベストな位置を理解し、とろろの分量を判断しつつ、でこぼこにならないように和紙を水槽からすくい取ることができる様になるまでに、約1年もかかります。そこから次の手順をマスターするまでに、さらに時間がかかると思うと…。

福田さん「私が若い頃は、日中は他の作業をして、仕事が終わった後に余った材料を寄せ集めて練習したものです」。

 

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福田さん「興味を持ってくれる若い人がいるのはうれしいです。でも、それで食べていけるかと言われると、正直難しいでしょう。もともと和紙づくりは各家庭で、農作業ができない冬の間に行われていたんです。副業として、しかも家族経営だったからこそ成り立っていたものなので、新しい人を雇って生活を保障することは厳しいんです」

——悔しいけれど、これが現実です。
この状況を打開するためには、産業全体の需要をもっと増やす必要があります。
そこで、福田さんは忙しい傍ら、県の工芸復興プロジェクトにも参加しています。

伝統工芸品×デザインの可能性

栃木県の工芸品をもっと人々に知ってもらおうと、8年前に県の補助のもと発足された「U TOCHIGI DESING」というプロジェクト。
福田製紙所も、この一員としてプロダクトを製作し、都内で展示会を行ったりしています。

福田さん「昔の職人は、自分から何かを働きかけるということはしませんでしたが、これからの時代は、こちらから動き出さないと、どんどん技術が消滅していってしまう危険があります。TOCHIGI DESINGのメンバーは、同じような不安を抱え、打開のために立ち上がった30〜40代の中堅の職人たちが中心です」

それぞれ分野は違えど、同じモノづくりをしている立場として、感覚的に通じるものがあるのだそう。『あの人ががんばってるから、自分も負けていられない』という気持ちで、お互いに支え合いながら、プロジェクトの知名度と収益を上げる努力が続いています。

89g8er8ee882b782ab98a8e863f_1600x1000出典:http://saat-design.com/chronofile/2014/140406.html

福田さん「少しずつ形にはなってきたけれど、普段の仕事をしながらプロジェクト用の作品作りをするのはなかなか大変です。参加メンバーは栃木県内とはいえみんな離れた場所にいるので、打ち合わせのために集合するのにも1時間以上かかるし、展示会のときは、搬入日の朝ぎりぎりまで製作をしていたなんてこともあります(笑)」

それでも、活動を続ける理由とは?

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職人がいきいき働ける環境を

福田さん「この工房は、烏山和紙の伝統を保存するために、父の代に建てたものです。本当は、村みたいにもっといろいろな施設を作って、職人がモノづくりをしている様子を一般の方にも見ていただき、和紙づくりをより身近に感じていただける場所を作りたかったようです。ですが、実際は作業場を作るので精一杯でした……」

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福田さんは、和紙作りの技術がもっと注目されることで、職人の仕事環境を今よりも豊かにすることを目指しています。

伝統的な技法に興味を持ってくれた若い世代を、しっかり育てられる状態にしたい。
その子たちに、普通の新卒の社会人と同じくらいの給料を支払える産業にしたい。

そんな願いに、発信者としての使命と責任を感じずにはいられませんでした。
福田さんが「最後」の和紙職人でなくなるために、私たちにできることはなんだろう……と。

福田さん「みんなで少しずつ力を集めて、活動を続けていくのみだと思います」

本当にそうですよね。取材に伺ったのに、「私がんばります!」と困った締め方をして、福田さんに苦笑いをさせてしまいました。

真摯に仕事と向き合い、終始穏やかにお話を聞かせてくださった福田さん。
周囲を美しい緑に囲まれた烏山の地で、今日もたった一人、世に残すべき技術をつなぎ止めています。


作者情報(一覧を見る)
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山越 栞

フリーランスライター・編集者
「日本のかっこいいところを見つけて、もっと多くの人に伝えたい」そんな想いで執筆・編集などに携わる。10代から始めた茶道は現在も勉強中。