「製品に箔(はく)を押すことは、作り手が『この製品はうちの商品だ』と責任を持つということ。言わば覚悟の表れなのかもしれません」

織り機のそれと比べると、ピッチを落とした、重みのある箔押し機の音が工場の中に拡がる中、田中箔押所の田中さんも力強く語ります。

セコリ百景でもご紹介した台東区のものづくりイベント、「モノマチ」の第7回の実行委員長も務めた、田中さん。

普段では知ることのできない箔押し(はくおし)の職人技と、今後の箔押し業の未来を語っていただきました。

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箔押しって

取材予定日、通い慣れた末広町からの大通りを進み、田中箔押しさんに到着。
発注者さんからの電話対応で忙しそうな田中さんは、セカセカと工場内を忙しく動き回り、まさに職人さんといった趣きです。

何やら見たことない楽しそうな機械を横目にインタビューへの期待でワクワク、ようやく田中さんは箔押しについてたくさん教えてくれました。

箔押し(はくおし)とは、箔を熱した金属の金型(かながた)で転写し、印刷する印刷の技法の一つです。
印刷と言っても、桐や革製品・帽子など通常ではできないものに印刷してきたのが始まりです。
今メインで使われるのは真空蒸着箔(しんくうじょうちゃくはく)と呼ばれるものですが、昭和中期には板箔と呼ばれる板状の金属箔を押し、それをナイフで削っていたそうです。

創業100年近くになる田中箔押しでも、昭和のころはこの手法を用いていたといいます。

※真空蒸着箔・・・ベースフィルムに接着剤と剥離剤のついた金属合金が貼り付けてあり、熱で転写する箔

箔押しの難しさ

そんな箔押しにも、まさに職人技とでもいうべきノウハウが沢山あります。

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・箔の種類(革用、紙用、ビニール用など)
・箔を押す素材
・箔を押す機械
・その日の天候や機械の調子 などなど

「つい最近、何度革に箔を押そうとしても、全くうまくいかないことがあって。
そこで、ビニール用の物に近い、コート紙用の箔に変えてみると、とたんにキレイに押せたんです。
見た目では分かりませんが、何か特殊なコーティングがしてあったのでしょうね」

革に箔を押すにしても、革の加工方法やそもそもの素材によって、使用する箔が変わってきます。

また、4~5年経ってくると箔もどんどん劣化していきます。
「今でこそ活版印刷なんかは”かすれ”が味であったりするのですが、箔はそうは行きません」

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特定の素材に対してずーっと箔押しをする訳ではないので、毎回が素材との戦いの様です。

田中さんにこんな質問をぶつけてみました。

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田中さんが箔押しをしていくなかで大切なことは何ですか?

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まずはスピードと正確さです。
これは職人の世界では共通かもしれませんね

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そしてもうひとつ大切なことは、うまく箔が押せなくても、考え方をしっかりリセットして、何がダメかをゼロから考えられることですね。
例えば、うまく箔が押せないときに、箔と素材が合ってないから押せないと思って、箔の種類を色々買えるじゃないですか。それでもやっぱり押せない。
実は、箔を押すときの温度(熱転写の温度)が足りてなかった場合とかもあります。

目の前の問題に気をとられすぎているだけで、もっと本質的な問題は、実はそれ以前のところにあったり…ってことですね。

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これだけでも知って帰ったら役に立つんじゃない?

田中さんは笑いながらおっしゃいました。

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そんな色々な経験があるからこそ、今のどんなオーダーにも挑戦できる体制があるのですね

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箔の種類をたくさん持っていること。
色々な素材に対して箔押しをしたその経験は、会社の貴重な財産ですね

田中さんはこちらのブログでも実に様々なものに箔押しをしていました。
財布・名刺入れ・紙・桐など。

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これまでで1番苦労した箔押しは何ですか?

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とある飛行機の座席のシートです。
しかも、最初の1機は日本でシートを作ってなかったらしく、完成したシートがボンっと送られてきて来たりしました。
非常時に押すボタンの位置などだったのですが、シートに父親と2人がかりで箔押ししたのはかなり大変でしたね……。
しかも防炎素材のため、熱が伝わり辛く、なかなか箔が押せなくて。
さすがに途中からは、箔押しする部分だけ送ってもらうように変更して貰いました

手仕事としての箔押し

田中箔押しさんでは、名入れなども行っているそうです。
人の名前ですので、1つ箔を押す度に活版を変更する必要があります。

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オーダーの名前の通りに、活版をセットし、箔を押していきます。

以前あるメーカーからの依頼があり、キャンペーンで5,000人分の名入れをすることがあったそうです。
この約半年間は平日は夜な夜な、土日は返上で、ひたすらその名入ればかりやっていたとか……。

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実行委員長に直撃。モノマチについて。

田中さんは工場の横の階段を登って行き、普段生活をするお宅のテーブルまで案内して下さり、
ゆっくりと話をしてくれました。

職人として、依頼を受けたどんな仕事でも柔軟にトライをし、真摯に仕事に取り組む田中さん。
モノマチの実行委員長としての活動の様子を伺いました。

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モノマチの実行委員長をされていましたが、実行委員長ってどうやって決まって、どういう仕事をするんですか?

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委員長、結構大変なんですよね。
モノマチ自体もまだ7回目なので、最近でやっと形になりつつある感じです。
実行委員会で、年齢とか適正をみながら、『次は、田中さんお願いします。』みたいな感じで指名制で決まるんですよ

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仕事内容は多岐にわたって、モノマチのコンセプトや企画を詰めていく本筋のことから、協賛企業・関係省庁への連絡や橋渡し、取材の対応、交流会や飲み会の参加などなどです。
モノマチの実行委員長する以前は、こんなにインタビューにもスムーズに答えられなかったです(笑)

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実は今回、私が実行委員長を務めたのには意味があるんです。
今までは比較的大きめの会社の方が実行委員長をやって来たのですが、職人が委員長をやるのは今回が初めてです。
モノマチのイメージとしても職人が先頭に立つことで、より現場に近いイベントって感じがしますよね

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なるほど。モノマチも関わる人も、毎回少しずつ変わってきているんですね。どういう形が理想の状態なのでしょう?

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派手にやりつつも、真面目にっていう今の形は結構収まりが良いと個人的には思っています。
ただ派手に広告を打ったりしてプロモーションだけのイベントになっても違うし、どこか特定の事業者に恩恵がある様な形も違います。
色々な人に来てもらってものづくりに触れてもらい、これからのモノづくりをどうするか、技術の継承はどうするか、といった課題や理念も共有していく必要があります

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【これは『なにか』に使うそうです。工場内は見たことのない物でいっぱい】

そこで行き着いたのが今の形ですね。

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ファミリーセールのような安売りのような形のイベントは実施すべきでないと思います。必要な数だけつくり、売ることが本来のモノづくりのあるべき姿だと思っているので

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今でこそこれだけの規模になってきましたが、モノマチもスタート当初は、人もいない、役割も決まっていない、予算もない、経験もない、本当にないないづくしでそれはもう大変でした。
ここまでの規模になって協力者も増え、メディアなどでも取り上げられるようになりましたが、ここからさらに『カチクラ』『モノマチ』という言葉を外に発信していき、1種のブランドの様にして行きたいですね

今後の目標

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最後に、モノマチのような地域をつなぐとこでの目標と、田中さんの考える箔押し業の未来を教えて下さい

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地域を繋ぐことの目標は結構形になってきています。
分かりやすいことを言えば、おかず横丁に昔の様な賑わいを別の形で取り戻すことです。
高度経済成長の時期ぐらいまではこの辺りは職人の街で、名前の通り職人の女将さんが炊いたご飯を持って、おかず横丁へおかずを探しに行くことが日常の光景でした。
通りでは、スリに気をつけないといけないぐらいの賑わいでした

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そんなにこの辺りって活気があったんですね

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今はないですが、この小島・鳥越の周辺には映画館もあって、今の御徒町あたりは飲み屋がいっぱいあったみたいです。職人さんたちは仕事が終わるとその辺で飲んで遊んでって。
そんな感じで職人街は活気に溢れていたんです

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私が子供のころまで銭湯も周りに3軒ぐらいありました。それが今ではゼロ。不景気が続き、製造が海外に移る中で職人さんが減り、街としても少ずつ元気をなくしていってしまいました

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今では見られない活気が、当時にはあったんですね。
僕も60歳以上の職人の方とお話をしていると、昔の街や人々の熱気が伝わってきて、どうにかそんな熱い時代がまた来ないものかなんて思ったりします

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そう、それこそ『ALWAYS三丁目の夕日』みたいな。
そんな当時の活気を取り戻したいと思ってます。
さすがに惣菜屋さんで活気を取り戻すのは厳しいので、この辺りでモノづくりをしているメンバーで『ものづくり横丁』を結成して、ワークショップなどを実施しながらどんどん人を集めていきたいと思っています。
この辺には若さとやる気のあるメンバーが揃っていて、何名かのメンバーはわざわざこっちに引っ越してきたんです

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若手の方のこれからが楽しみですね。箔押しの未来についてはどうでしょう?

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箔押しでの目標というと結構難しいですね……。
実は今うちに発注が来ている仕事の中には、今まで取引があった箔押し工場が潰れたからという理由も多いです。
昔は大きな単価の仕事が多かったのですが、景気が悪くなり、海外を含めコスト競争に陥りました。
職人さんも廉価で仕事を受けてしまい、人も増やせず、仕事が細って廃業というのがどうしてもあります。

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そんな流れを受け、私たちは、デザビレの卒業生徒のクリエーターの子と直接やりとりしたり、小売店と直接取引したりすることも多くなって来ています。
しかしこの流れだと、エンドユーザーであるお客さんが、発注することに慣れていないことが多いので、しつこいぐらい認識のすり合わせは必要になります。
デザイナーの方って、『これ』と決めたら絶対曲げないですしね(笑)
ですが、新しいことにチャレンジするという点では、今の形はやりがいはありますね

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同業者とも一丸になって、箔押しという技法は残さないと、このままではできる人がいなくなり、箔押し自体が消えてしまう。そのぐらいのところまで来ちゃってると思います。今後は、エンドユーザーと取引しながら残していくことが目標ですね

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普段は、私たちはあまり見る機会がないこの「箔押し」。
いわば中間加工の業者さんですが、そんな業種の方でも現在はエンドユーザーと直接やりとりする時代。
モノマチ当日も、積極的にお客さんと交流している田中箔押しさんの方々がとても印象的でした。
多彩なエピソードを田中さんから聴かせていただきましたが、ひたむきに仕事に向き合う姿勢にとても感銘を受け、アツいその想いに、勇気づけられました。
ドシン、ドシンと、箔押し(ホットスタンプ)機が毎日、自然と前進するために背中を押してくれているのかも知れません。

(大滝)


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大滝 洋之

Brightlogg,Inc.代表
歴史と伝統に敬意をはらい、ものづくりを現代の価値観で再解釈し、未来に繋げることを目指す。都内を中心に全国を巡りセコリ百景を運営する。